ふと、何のために怒るんだろう?と思った。
FAP療法でトラウマを取ってもらったら、まず出てきたのが強烈な怒りです。
3回目のカウンセリングの時に、カウンセラーさんに「怒りは自分を守るためのもの」と教えてもらいました。
今でもその言葉は私の御守りです。
FAP療法に出会うまで、私は怒れない人でした。
不快なことを言われてもニコニコしているだけ。
咄嗟に何か言い返したいんだけど、嫌なことを言われた瞬間は頭が真っ白になって固まってしまう。
そして、家に帰ってから「なんであの時何も言わなかったんだ!」と、自分にも相手にも怒って惨めな気持ちになる。
現在の自分が、怒りを感じた時にすぐに出せるようになっただなんて、昔の自分からは考えられないことです。
「占い師」という職業も幸いしたのかもしれません。
催眠と同じで、占いは特殊なコミュニケーションを用いて問題を解決する対話法だと思っています。
多くの人と関わりながら、私は自分の怒りを適切に表現できる仕方を学んでいきました。
あの頃はお客様に上手く伝わらず、1か月落ち込んでずっと反省していたことが毎日でした。
どうしたら、相手も自分も嫌な思いをせず、感じた怒りを消化できるのか?
数年間、私の中にあった強烈な怒りとの付き合い方を模索してきました。
セルフFAPでも、何度も何度も自分の怒りのトラウマを取ってきました。
今年になってふと思うのは、「あれ?何のために怒るんだ?」ということ。
トラウマを取ってきて、怒りを出さねばならないその場ですぐ反応できるようになった。
最初は感情に任せてガ―ッ!!と言っていたのが、今は一呼吸を置いて、理詰めで相手を淡々と追い詰めて論破するぐらいには落ち着いて怒りを表現することができるようになった。
でも、ある時に気づいたんです。
「あれ?私って、何を守るために怒ってたんだ?」って。
怒るって、もしかしたら過去の幻想と戦っている時かもしれない。
今、目の前にない亡霊のような呪いが、私を怒らせているのかもしれない。
それに気づいたのは、ある人と言い合いになっていた時。
私が怒ると、最初は相手も言い返してきていた。
でも、しばらくすると相手は落ち込んだ様子で、とても反省していると伝えてくれたんです。
相手は悪気なく、何も考えずに私が怒っている「それ」をやっていたと言う。
泣いていた。
私の怒りは相手の涙を見た時に、消えた。
そして思ったんです。
「誰のために私は怒っていたんだろう」と。
たぶん、私は私を守るために怒っていた。
でも、そこには私が想像しているような危機は何もなかったんです。
たしかに世の中には、怒らなければならない場面もあると思います。
けれど極端な話、本当に死の恐怖に直面している以外は、誰かに怒りを向ける必要ってないんじゃないか?
大嶋先生が過去に何度も本やブログで書かれていたことですが、新たな形で私の中にストンと何かが落ちた。
「誰のために、何のために私は怒るの?」
私は、怒るとめちゃくちゃ怖そうと言われますし、実際に相手をトラウマレベルにするまで追い詰めることができます。
だからこそ、安易に武器は出してはいけないのではないか?
私はずっとルサンチマンをしていたのか?
力を持っている者こそ、その爪で誰かを傷つけてはいけないのではないか。
そう思うと、長年苦しんできた強烈な怒りが完全に収束していくような気がしたんです。
この怒りは、誰か大切な人を守るために使おう。
今はもう、母親は苦しんでいないし、私の目の前にも”死の恐怖”はない。
怒らずに、相手を信じることから始めよう、と。


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