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オープンダイアローグ勉強会!

気づきの記録
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オープンダイアローグと出会ったのは、はじめてFAP上級講座に参加した時でした。

フィンランド発祥の精神療法で、とくに統合失調症に効果的であるということで注目されています。
対話に厳格なルールを用いることで、効果を得られます。

近年では、「オープンダイアローグ的対話実践」として世の中に広まってきています。
必ずしも精神疾患にアプローチするのではなく、日常のちょっとした困りごとについて話し合ったりします。
今流行の哲学対話に似たところがあると感じています。

そんなオープンダイアローグを毎週開催されている場所が、なんと奈良にあったんですよ!
ほんの入り口さん!!

ほ ん の 入 り 口
small steps to books

まだ2回しか参加していませんが、2回ともとても感動したので、一部をこちらでシェアさせていただこうと思います。

オープンダイアローグとは?

すっごく大雑把に分けると、話者(相談者)と、話者に相槌を打つ人、話者の話を聞いてどんな印象を感じたのかを話し合う人たち(リフレクティングチーム)の3つに分かれて対話をします。
話者とリフレクティングチームのメンバーは、互いに直接話すことを禁止されています。
直接話さず、ファシリテーターを介して会話をすることで効果が生まれるのが、オープンダイアローグのすごいところです。

実際に参加してみて

FAP上級講座でも何度かやってみたことはあるのですが、きちんと時間を取って会話するのははじめてでした。

普通の会話と何が違うの?というと、ほんの入り口の店主・服部さんのイメージ「舞台の上の人と観客」という表現がとてもしっくりきました。

普段の会話や哲学対話だと、みんな同じ舞台の上に立ってコミュニケーションを取っているイメージです。
だけどオープンダイアローグは、舞台の上の人が話しているのを観客席から観ることで、会話とまた違ったことが見えてくるのかもしれない。
(観客席の人が舞台上の人に直接話しかけることはないですもんね)

ほんの入り口さんのオープンダイアローグに初めて参加した時、私はリフレクティングチームの1人でした。
印象的だったのは、リフレクティングが終わった後の話者さんが、我々の話したことを聞いて「さっきはああ言ったけど、よく考えたら違うかも」的なことを仰ったことです。

私は、結構その場のノリで喋ってしまうところがあります。
後から思い出して「ああ言ったけど微妙に違うんだよなあ」と悶々としたり、「ま、誤解されててもいっか!」と逆に開き直ったり。

でも、オープンダイアローグでは1人の話者の話を徹底的に掘り下げていきます。
そして、その話を聞いた話者が「いや、それは違うんだけど」と訂正するところにすごく大事な意味が隠れているんだと感じています。

大嶋先生も昔ブログに書いてくださっていました。
「エラーの中に無意識が宿る」
それが呼び水となって、そこから新たなオルタナティブストーリーが生まれる。
だから「外す」ことは大事なのだと。

2度目の参加は話者になる

初参加の時に、他のメンバーさんに聞いて「おおー!」と思ったことがあります。

オープンダイアローグっていうと、話者が話す内容は「悩み」であるとの思い込みがありました。
けれど、ほんの入り口さんで開催されていた過去の会では、お悩みではなく「今日の朝あったこと」をただ話してくださった方がいたそうです。
悩みでなくても、リフレクティングをするととても面白い展開があったのだとか。

なので自分が話者になるなら、悩みとは全く無縁のすんごくどーでもいい話をしよう!と考えていたのですが、実際には悩みばかりで(笑)
2度目の参加は話者をさせていただいたのですが、「本が読めない」という悩みについてお話させていただきました。

簡単に私の話した悩みの内容を書くと、
・家に積読本が200冊ほどあるのに、最近まったく本が読めない。
・人から勧められた本も読みたい
・こんなにも本があるのに、何から読んでいいのかわからない。
・本をもっと読みたい!
でした。

リフレクティングのメンバーからは、
・積読本を数えたのがそもそもすごい
・読めないって悩んでるわりに楽しそう
・世界のことを知りたいんだな
・理想の人がいて、その人と区別(差別だっけ?)してるのではないか

というような感想が出て、にやにやが止まりませんでした(笑)
リフレクティングの対話が進むと同時に、自分の中でも「そう言われれば、実は〇〇かも?」と考えたことがリフレクティングのメンバーの口からも出たりして、「おお!考えていることがシンクロしてる!」と思うと「私のことをよく分析してくださっている!わかってくれている!」という安心感が芽生えてきました。

ちなみに、話者は最初だいたい10分ほど喋るのですが、私は普段から短く簡潔に話してしまう癖があるので、1回目のリフレクティングがすぐ終わってしまいました。
自分では、自分の話が長くなると申し訳ないと思って早々に切り上げないと不安になるのですが、今回のオープンダイアローグで「話短く切り上げすぎか(笑)」と改めて自覚しました。

2回目のリフレクティングでは、
・楽しそうに悩みを喋っているけど、本当に楽しいのか?
という鋭いことを仰っていただいたりして、自分でも何に感動したのかわからないけれど、にやにやしながら唐突に泣き出してしまいそうになりました。

よくオープンダイアローグで話者の方が、「こんなに真剣に自分のことについて話してくれるなんて…」と感動されている場面を聞きますが、こういうことだったんだ!と知りました。

私は、情緒的ネグレクト児です。
幼少期から「話を聞いてもらえた」という体験がありません。
だから、自分のことを話すのが怖いし、自分の気持ちを伝えたところで「何言ってんの」となかったことにされてしまう。

なので、言ったところで迷惑をかけるだけという気持ちが強いので、いつしか自分の気持ちを話すのではなく、相手に「ウケるように」話していたんです。
(ウケるように話してたというのは、これを書いている今気づきました)

まだ、私の中で「なんで本が読めないのか?積読本に魅力を感じないのか?」の明確な答は出ていません。
だけど、今回の対話ではっきりしたことはあります。

私が心理学書やビジネス書、ミステリやホラーが好きなのは、人間心理を知れたり分析したりできるから。
そこに面白さを見い出しているということ。

世間では、ビジネス書や専門書は読書の内に入らないと言われていたりもします。
それがコンプレックスで、なるべく世間で話題になっている小説や古典を読もうとしてきました。

また、終わってからの対話の中で、自分は素直すぎて疑問が浮かばないのもコンプレックスだという話もしたのですが、「なんでコンプレックス?」という声をいただき、「たしかに!」と思ったんです。
私は、質問が次々と浮かんでくる人をかっこいいと思っていました。
だから、自分も相手の話を鵜呑みにせずに、どこか突っつけるところはないのか?そこからコミュニケーションを広げるものだといつしか考えるようになっていました。

終わってから、ぶっちゃけ自分の中で何も解決してないのですが、ちょっと本を読むのが楽しくなりました(笑)

勉強会が終わった後の雑談で、「積読本は買った時の気持ちが大切なんじゃないか」っていうことを仰ってくださった方がいました。

普段読まないジャンルの本を買っては積読になり、「読まねば!」と焦る。
だけど、その方が言うには「そのタイトルを置いておくだけでいいんじゃないか」と。
この言葉にハッとさせられました。

買った時は、自分に「必要な本だ」と思ってお迎えしたわけなんです。
だから積読本は不要な本ではなく自分の一部なんだと、なんだかそんなことを思ってじーんとしました。

また、服部さんが読書を食欲にたとえられていたのも、すごくしっくりきました!

哲学対話と同じく、オープンダイアローグも何がすごいのかまだ明確に言語化はできませんが、何も現状が変わっていないのに自分の中の何かがゆるく変わっていく不思議な感覚があります。

私は30歳になるまで対話をしてこなかった人間ですが、対話の威力の効果をみなさんにも感じてほしいと願っています。

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