校庭に、太い幹の桜の木があって、春になると満開の桜の花を散らすのです。
そして、校庭にはその1本しか桜がなくて、あとはただ茶色いグラウンドが広がっているだけなので、校庭では少年たちが放課後にサッカーをしたり野球をしたりして、その歓声でとても賑やかなんです。
すると、少年たちが帰った後の校庭はひっそりと静まり返っていて、校舎の大きな影がグラウンドに落ちるので、なんだかそこだけ気温が少し低いような気がするんです。
それから、また朝になって日が昇って校庭に日が差すと、その光の影であの太い幹の桜の木のでこぼこした樹皮やうろがくっきりと影を落とすので、夕方に見る時よりもその凹凸がはっきりと見えます。
だから、私はその桜の木をデッサンするなら早朝だと思って、まだ誰もグランドにいない時間に校庭を歩くと、私の足音だけがジャリジャリと砂を踏む音が、心なしかいつもよりも大きく校舎に反響しているような気がするのです。
なので、誰も見ていないのだけれどちょっと恥ずかしくなったので辺りをキョロキョロと見回してみましたが、そこには東からの陽射しに照らされて西に影ができている遊具や花壇の草花があるだけで、私はほっと胸を撫で下ろしました。
そして、目当ての大きな幹の桜の木まで、なんとなく歩を速めていくと、私の視界の中の桜の木はだんだんと大きくなっていって、その枝葉の下までたどり着いた時には、まるで大きなパラソルのように私を覆うのです。
そうやって、青い葉をつけた桜の木は、さらさらとその若い葉を鳴らし、私はその音の真下に小さな持ち運びの折りたたみイスを広げて、デッサンを始めます。
そして、スケッチブックの真っ白なページを開いた時に、まず桜の木のどこから描こう?幹か、枝か、葉か、それとも桜の後ろにある背景か、というようなことを考えながら、何度も何度も鉛筆を握り直します。
やがて、私は「枝から描こう」と思って、真っ白いキャンバスの真ん中より少し右上におもむろに細い線をシャッシャッシャッと引き始めて、それが何本も何本も複雑に絡み合うようになっていくと、なんだかよく分からなくなって投げ出したくなってきました。
けれど、鉛筆のシャッシャッシャッという音が好きなので、とにかく何でも良いから線を引いてみよう!と思って、でたらめに何本も線を引いていると、「あれ?ちょっと様になってきたかも?」というふうに見えてきます。
そうすると、もっともっと楽しくなってきたので、私は真っ白いキャンバスにさらに何本も何本もでだらめに縦横ナナメと線を引いてみて、その度に鉛筆の芯が紙に擦れる感覚を楽しむのです。
やがて、ある程度いろんな線を引っ張ったところで、今度は急にまっすぐな線を描きたくなったので、筆箱からガサゴソと定規を探ってみると、透明のプラスチックにメモリがたくさん入った定規を見つけました。
それから、今度はその定規でキャンバスの上から下へ、右から左へと縦横無尽に線を引っ張ってみると、さっきとは違ってジャッ!ジャッ!と定規と紙の隙間を鉛筆が擦れる音が気持ち良いんです。
そして、定規の端に鉛筆の芯を当てて、指に力を込めて一気にジャッと引く線は、先ほどフリーハンドで引いた線よりも濃くはっきりとしていて、「同じ線でもこんなに違うんだあ」とうれしくなります。
だから、今度はまた筆箱の中をガサゴソ探ってみて、他に何かないかな?と手を突っ込んでみると、コンパスが見つかって、しかし長い間それを使ってこなかったので、まず手始めにそのコンパスの足を広げてみて、どこにも不具合がないかどうかを確かめてみました。
そうやって、コンパスを広げたり閉じたりして大丈夫そうだと判断したので、コンパスの針をプスッと画用紙の上に差してみました。
そうやって、今度はコンパスの足を広げたり狭めたりして、さまざまな大きさの円を、コンパスの芯を中心に何重も何重も描いてみると、まるで花のようになったので、私はそこに色をつけてみたいと思って、持ってきたパッチワークのカバンの中を手探りで探ってみます。
すると、何か冷たい感触があって、たぶんそれは色鉛筆のケースのようなので、それを掴んでカバンの外に出してみると、やっぱり12色入りの色鉛筆のパッケージが目に入ってきたんです。
そして、その缶ケースをそうっと開けてみると、12色入りのはずなのにところどころ抜けていて、8本しか入っていなかったので、私はその中の1本の赤色を取り出して、また真っ白いキャンバスに今度はゆっくりと力を込めて、ぐりぐりと色を塗っていきます。
やがて、ぐりぐりと塗っていると、画用紙の凹凸のすべての部分が赤く染まって、そこだけ口紅のように真っ赤になったので、私は花びらが散って今や緑色になった桜の木の風に揺れる葉音を聞きながら、「桜はこんなに真っ赤な花びらじゃないもんね」と思って、その上に白色を塗ろうとすると、なんだかつるつると滑って上手く色が乗りませんでした。
だから、もっともっと力を込めないと白色が入らない!と思って、画用紙にギューッ!と色鉛筆の芯を押しつけてぐりぐりすると、ある瞬間にポキッと芯が折れてしまったんです。
そして、ポキッと折れた芯は画用紙をバネにしてピューン!と草むらの中に落ちていって、落ちた時にかすかに音がしたようなしなかったような気がするのですが、私はあんなに小さいものを草むらから見つけ出すことができない!と思って、一瞬呆然としていたのですが、そもそも何年前のものか分からない古い色鉛筆だったので、あっさりと諦めてもう一度色鉛筆の缶ケースをガコッと開けてみます。
そして、そこには他に緑や青や紫の色鉛筆があり、たぶんないのが黄色や黒やおれんじ色で、私は次はどの色を持とうか考えながら、1本1本それぞれの芯と同じ色の軸を指先でそっと撫でるのです。
そうやって、1つ1つに触れながら選ぶことで、もっとも良い1本を選べるような気がしていたので、私は視覚の情報よりも色鉛筆に触れた時の指先の感覚を大切にしながら、頭の中でその色を思い浮かべて、真っ白いキャンバスに描いた時の色の組み合わせをイメージしてみます。
それから、私のお尻の下や靴下に触れる少し背の高い雑草の感触を感じながら、向こうの道路のだんだんと増えてくる車の走行音や、誰かが自転車でフェンスの向こうを走る音に耳を傾けながら、私は自分にとっての最高の1本を手に取るのです。
そして、私は自分で何色を手に取るのか分からないけれど、私の指先の感覚が選んだその色は、きっと私にとってベストな1本なんだと、私の脳は知っているのかもしれません。
ひとつ、爽やかな空気が頭に流れていきます。
ふたつ、身体がだんだんと軽くなっていきます。
みっつ、大きく深呼吸をして頭がすっきりと目覚めます。
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上の2割へ浮上するスクリプトとして書きました。
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