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死の恐怖を回避するために怒りを使う

オススメ大嶋本

【それ、あなたのトラウマちゃんのせいかも?】、4・5回目の再読です。

何度読んでも新鮮で、気づきがあります。

あなたには「直したい癖」がありますか?

私なら、たとえば嫌なことがあってもお菓子をドカ食いしない。
不安になっても相手を問い詰めない。
禁煙する。

これらを「やめたくてもやめられない!」と続けてしまうのは、この本では「トラウマ(心の傷)」があるからだと述べられています。

たとえば、仕事中に腹が立つことがあると、仕事が終わってすぐにコンビニに行って大量のお菓子を買ってきて、ガツガツ食べてしまう。
それを「やらない!」と決めて、何回かは我慢できるんだけど、ある日いつもよりも大きなトラブルが起きた時に「もうダメじゃー!」となって解禁してしまう。

あるいは、相手が言った言葉の1つに引っ掛かりを感じると、すぐにLINEをしてしまう。
最初は相手も快く答えてくれるんだけど、私はどんどん気になることが出てきて止まらなくなってしまうので、その内にいつも「これが続くとしんどい」と言われる。
だから、相手の言葉の中に矛盾や疑問点を見つけても、「すぐにLINEしないぞ!」と我慢する。
そうやって聞きたいことや言いたいことを我慢していると、だんだん心が重く苦しくなって息ができなくなって「ハー、ハー!」と過呼吸のような状態になってしまう。

もしくは、私は禁煙して7年ぐらいなのですが、稀にものすごく吸いたくなる時があります。
それは、恋愛のトラウマを刺激された時。
他の不快なことでは、不思議とちっとも吸いたくならないのに、なぜか恋愛のトラウマを抉られた時だけ「煙草がものすごく吸いたい!!!」となるのです。
でも今はピルも飲んでるし、毎月歯のクリーニングも行ってるので、煙草を吸う理由が何もない。
むしろ、吸わないほうが良い理由ばかりです。
そうやって、吸いたい気持ちを止めていると、どんどん気持ちが重く沈んでいって、やがて何も考えられなくなる。

そんな時に思うのが、
「「なんでこんな苦しい思いをしてまで、耐えなきゃいけないの!!!」」

我慢した先に何か良いことがあるなら我慢のしがいもあるものですが、我慢しても我慢してもそこには何も変わらない状況があるだけ。

「じゃあ、我慢する必要なんかないんじゃん!」と思うと歯止めが効かなくなって、お菓子をドカ食いしたり、怒りのLINEを送りまくったり、禁煙していたのに煙草をバカバカ吸ってしまう。

でも、我慢することでこんなに苦しいのは、真面目に真剣に「脳の過覚醒を止めよう」と自分に向き合っているからかもしれません。

アルコール依存症さんの治療をしていた時に「酒を止めます!」と元気よく言っていた人が、2,3週間後には「ハー、ハー!」と息も絶え絶えやってくる。
「先生、熱が出て、身体がだるくて仕方が無いんだよ!」と元気の無い声で訴える。そして「俺、風邪をひいちまったのかな?」と質問してくる。
そこで先生は「真面目にお酒を止めているからこのような症状が出るんですよ!」と説明する。(p186)

トラウマ由来の「やめたくてもやめられない!」は、アルコール依存症の“恐怖の回避システム”と同じ。

だから、不快を感じているのにやめられない時に、「私は今ここで、何の恐怖を感じているのか?」と探ってみると面白いかもしれない。
それが、このトラウマちゃんの本の中で何100回と登場してくる【「〇〇の恐怖」×7回】を唱えるということ。

誰かにブチ切れそうになっている時、もしかしたらその強烈な怒りを使って「根底にある死の恐怖」を回避しようとしているのかもしれない。
「お菓子をドカ食いしたい!!!」と憑りつかれたようになっている時、もしかしたら今「死の恐怖」を感じているから、それを回避するために「食べねば!」と思い込んでいるのかもしれない。

私は今、どんな「死の恐怖」を感じて、怒りや不安を回避に使っているのか?と考えてみるのはとても楽しい!

毎度読むたびに【「〇〇の恐怖」×7回】の”〇〇”の部分が変わるのですが、今回は「孤立する恐怖」がヒットしました。

そうか、私があの人に怒りを感じるのも、あの人の言動を不快に思うのも、「孤立する恐怖」で殺される!と思っているからだったのか…。

 

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