ある人が仕事に行くために玄関を出たら、外は土砂降りの雨が降っていて、その日はまさか雨が降っているとは思わなかったので、しばらく玄関に立ち尽くしてぼーっと天を仰いでいました。
すると、雨粒が線になって空から地面へと叩きつけられているのが見えて、大粒の雨粒がアスファルトを叩く音がランダムにいろんなところから聞こえてきます。
そして、その人は諦めて玄関からビニール傘を1本取り出すと、傘を広げて濡れたアスファルトの中をバチャバチャと歩いていって、細かい雨粒が半袖から出た腕にピシピシと当たります。
それから、最寄り駅のバス停の時刻表を確認しようとズボンのポケットからスマホを取り出そうとするのですが、片手に傘を持っていて、しかも大粒の雨が勢いよく傘を叩いているこの状況でそれはちょっと面倒かもしれないと思って、伸ばしかけた手を止めていつもの道のいつもの風景を「変わっていない」ことを目で確認しながらバス停を目指します。
そして、雨が降っているからなのか、バス停に着くといつもよりも多くの人が待っているのが見えて、紺色の傘を差しているサラリーマンや、真っ赤な傘を差している茶髪の女性や、私と同じようなビニール傘を差している人の傘を、同じように大粒の雨がビシバシとそれぞれの傘を叩いているのです。
だから、私もその傘の列の最後尾に並んで、「早くバスが来ないかな」とバスがやってくる方向を確認するんだけれど、降りしきる雨の線でその姿がはっきり見えななくて、傘を持っている半袖から出た腕が少し肌寒く感じてきました。
そうすると、私の後ろにもどんどん人が並んで列が伸びていって、それぞれ違う色で違う大きさの傘を差している背の高い人や低い人が、激しい雨に打たれながらバスが来るのを黙って待っています。
そして、誰も何も話さないので、バス停には雨の降る音だけが等しく私たちの傘を叩き、濡れたアスファルトの上にさらに水溜まりを作っていき、道端の雑草に雫を滴らせていきます。
しかし、いつまで経ってもバスは来なくて、腕時計で時刻を確認するとすでに発車時刻は過ぎているのですが、まだ道の向こうからバスが来る気配はなく、ただただ雨が傘の隙間をぬって服や肌を濡らしていく感覚と、目の前をバスではない車が通り過ぎていく風を繰り返し感じているだけでした。
なので、暇を持て余した私は前の人の傘を滴る雨粒の行方を追うのにもそろそろ飽きてきたので、ふと視線を傘から外してもっと上の方を見てみると、列に並んでいる人の傘の向こうにあるデパートの屋上が見えたんです。
そして、そのデパートの屋上にはピンク色の大きなアドバルーンが2つか3つ、大雨ではっきりとは分からないのですが、雨が降っているのにふよふよと空に浮いているのが見えて、そして雨音の隙間にかすかにデパートの何かのアナウンスが小さく聞こえてきます。
そうやって、デパートの屋上を眺めていると、ふと小学生の頃の日曜日を思い出して、あの頃は家族で近所のデパートに行くのがとても楽しみだったし、日曜日の晴れた日にたまに空に見える気球が好きで、大人になってからもデパートに行くたびに耳にする館内アナウンスや音楽や人々の喧噪がなんだかあの頃の感覚を思い出させるようなのです。
だから、私は休日にぼーっと1人でデパートやショッピングモールの中をサンダルでペタペタと歩くのが好きで、とくに何も買う予定はないんだけれど、気になったお店には片っ端から入っていって心ゆくまで眺めて、そして私の近くを走って通り過ぎていく元気な男の子やバルーンを手にしてうれしそうな女の子の声を聞きます。
それから、お腹が空いたらレストラン街に行って、自分のお腹に「何が食べたいかな?」と問いかけながら1つ1つレストランの名前とメニューと値段を確認して、とりあえずぐるりと一周回ってから、もう一度回って食べたいものを決めるのが好きなのですが、レストランから聞こえてくる食器のカチャカチャという音やホールスタッフの掛け声もあの頃に家族と一緒に聞いたあの時の音と同じような気がします。
そして、あるお店に心を決めると中に入って行って、自分で料理をする時よりも簡単に出てくるそのシステムにわくわくしながら席で待つと、熱々のハンバーグを口の中に放り込みます。
そうやって、私は美味しいものをお腹いっぱい食べて心も満たされて、お店を出てからまたぶらぶらとショッピングモールの中を歩き回りながら、「いつ帰ろうかな」と考えつつも「あ、これかわいい!」「これ、すごい!」といろんなものを見ていろんな発見をしていくのです。
やがて、ショッピングモールの中からは外の景色が確認できないので分からなかったのですが、あるお店に入った時にそのお店にあった大きなガラス窓で、「あ!もうこんなに外は暗くなっていたんだ!」ということを知って、そうすると途端にショッピングモール内の音楽や人々の声もなんだか違うように聞こえてくる気がしたのです。
だから、私は1人の家に帰っても寂しくない時間に帰宅しようと思って、何も買わずにショッピングモールの出口を目指して歩き始めると、今入り口から入ってくる賑やかな家族連れとすれ違ってたりして、開いたドアからは夜の空気のにおいと夜の空と車のヘッドライトがちらちらと見えてきました。
そして、ドアから完全に出てしまうとショッピングモールの中の騒がしさが一切なくなってしまって、そこには夜独特の静けさがあたりに満ちているような、夏の夜らしいじっとり重い空気が私にまとわりついているような、そんな感覚とは裏腹に空は澄んで、月が車のヘッドライトのように明るく夜空を照らしています。
それから、私はショッピングモールから出ているバスに乗ろうとバス停に向かって歩いて行くと、買い物に疲れて満足しているような若い男女や、1人で来てたくさん本を買ったのであろう背の高い男性や、おしゃれなかっこうをした私より背の低い髪の長い女性がバスが来るのを座ったり立ったりしながら待っていて、その間に駐車場から車が出て行く音がたびたび聞こえてきます。
そうやって、私もバス停に待つ一員となって彼らと同じ空気を纏いながら、心地良い疲れを腕や足に感じて、バスの窓から見える夜の街の景色が好きな私は、バスが来るのを今か今かと待っているのです。
ひとつ、爽やかな空気が頭に流れていきます。
ふたつ、身体がだんだんと軽くなっていきます。
みっつ、大きく深呼吸をして頭がすっきりと目覚めます。
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