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FAP療法の効果の定着の仕方(私流)

ひとりごと
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うちの家にはウォーターサーバーがあります。
別に欲しかった訳ではなく、家電を買いに行った時にレジの清算が終わった後、ウォーターサーバーの営業さんが来て「あ、じゃあうちも」という感じで契約しました。

うちの家にあるウォーターサーバーはちょいちょいドラマの中のインテリアとしても出てきていて、「お、なんか良いじゃん!」と勝手に自分で思っています。

それで、このウォーターサーバーなのですが、種類は違えど前の職場にもあったんです。
お客様へのサービスで置いていたのか何なのかは分かりませんが。

そういうのもあって何となくウォーターサーバーがない生活というのは考えられなかったのですが、面倒くさがりの私はポットでお湯を沸かすことすら面倒くさかったので(ポットの中に水を入れたり使った後に洗ったりが)、一瞬であったかいお湯が出来るウォーターサーバーを重宝しています。

FAP療法でも「水」は大事です。
治療が終わった後は新鮮な水をたくさん飲んで体外に出すことでトラウマも癒されていく。

逆に治療する時に同じ部屋に水を置いていると、せっかく取ったトラウマに「汚染された水」となってしまって、それを飲んでしまうとまた体内に自分の心の傷を取り込んじゃったー!みたいなことになりかねません。

私の経験上ですが、セルフでFAPをした時に同じ部屋に「あ!しまった!水を置いていた!」ということが何度かあったのですが、とりあえず飲んでみてまた後日に指の反応を見てみると反応がなくなっていない。

それで今度は同じ空間に水を置かないようにして、また置いていたとしもその水を飲まないように注意していれば、きれいに反応が取れていきます。

同様に私の中では何個か自分の「FAPを受ける時のルール」がありました。

まず、治療が終わってすぐに母親に会わない。コンタクトを取らない。
(私は支配者が母親で治療をしてもらっていたので)
そして治療後は治療したことやその内容を誰にも言わない。

これは治療をして自由になったのに、また引き戻されることを防ぐためでした。
嫉妬をされないように―――人に言わなくても脳内ネットワークで嫉妬されるので――――その件を痛烈に感じた事件があったのです。

当時の恋人にFAP治療の翌日に「昨日こんなことを治療してもらったんだ~」とうれしくて報告したら、「それはちょっと違うと思うけどな~〇〇ということもあるけど」みたいな反応をされたことがあるんです。

そうすると私の場合は治療した次の日から3日~1週間ほど好転反応が続くので、その間にメンタルがガクッ!と落ちて不安定になったりします。

そんな不安定でまだFAPの効果が定着していない時に「他人の意見」を聞くと、グラッとめまいのように…いや、ぐにゃっとまた世界が歪んでしまうのです。

そして結局その時に治療してもらったことは私の中で定着せずにザワザワしっぱなしで、次回もう一度そのことについてカウンセリングしてもらうことになりました。

そんな感じで、治療後は「誰にも話さない」。
これが自分の中の鉄則でした。

もう一つは、最初はセッション後に全ての記録をスケッチブックに書き残していたのですが、ある時に「催眠は消えるから美しい」と気づき、書くことをやめました。
書くとしても自分の中で「あ、もう記憶が定着したかな」と思ってから、記録に残していました。

これは夢と一緒で、夢も寝ている間に記憶を整理しているわけなので、それを起きてすぐ書き写していると意識的な解釈が入ってしまい、美しく無意識が起動しきれないのかもしれない…とある時に思い、記録することをやめてみたのです。

私は「メモ魔」でした。

気になった本の文句を書き写していると全く同じ本がもう一冊できるぐらいメモしますし、ドラマや映画を観ていてもちょこちょこ一旦停止ボタンを押して登場人物の名言をメモしまくっていました。

「書く」という行為は意識的行為なので、見返すたびに意識が働くといけないわけではないけれど、「忘れた」方が上手くいくこともあるかもしれない。

ただ、カウンセリング後にすぐ書き残して後から「あ、そういうことか!」という気づきも多くあったことも確かです。

なので一概に絶対メモしてはいけなわけではないけれど、何となく「無意識に委ねる」と「自分で何とかしようとしない」と意識的判断を手放すことは、自分の無意識へのリスペクトかもしれないと私は自分に思うのです。
(私は昔きっとめちゃくちゃ意識的な人だったわけなのでこういう方法を取っていましたが、個人差はあると思うので強制しているわけではありません)

催眠スクリプトを読んでもらった時も終わった後に記録していましたし、自分が心に聞く時には必ず音声メモで録音していました。

だけど、催眠スクリプトも心に聞いた答も、メモしていなくても実は鮮明に記憶の中に残っていたりします。

とても不思議なのですが、心の目で見たことは「覚えよう!」と思っていなくても、鮮明に心に焼き付いて覚えているものなんですね。

今の私は、自分の記憶力に全く自信がありません。
だからついつい全てを書き残そうとしてしまいがちなのですが、「書き残さない美しさ」もあると思うと何だか自分がやってきたことって今まで、まるで雨上がりの虹のように、またはさなぎが蝶に羽化していくように、形がすっかり変わってしまったとしてもそこまで歩んできた軌跡は何も変わらないんだなあとそんなことを思います。

本日のメタファー:ポット

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