私には、昔大事にしていたぬいぐるみがありました。
妹には、昔大事にしていたブランケットがあって、名前がついていました。
そして、それをいつまでも捨てられずにいて、知らぬ間に母親が透明のゴミ袋に入れて捨てているのを、何度も見たのです。
そう、ぬいぐるみだけじゃなくて、保育園の時に作った折り紙の花や折り鶴も母親に捨てられ、私の思い出の絵は父方の大嫌いな祖父に捨てられ、そして、さらに最悪なのは、私が音楽の専門学校生だった頃に作った曲を母親に捨てられたことです。
きっと、母には悪気がなかったのです。
悪意など微塵もなく、母には「その価値が分からなかった」のか、それとも私がゴミを大事にし過ぎていたのか…。
私は、そんなことがあったからか物を捨てられなくなったのかもしれないし、そうではないかもしれない。
真相は心に聞いてみないと何とも分からないけれど、ただ、私が「大切だ」と思っていることって、必ずしも母親にとっては大切ではなかっということ。
母親は決してミニマリストとかそんなわけではなかったと思うのですが、私が物心ついた時から、私は「自分が大事にされていない」と感じるのも、そうやって「私が大切にしている物を捨てられる」というところからきているのかもしれませんね。
それで、私はずっと物を捨てられないタイプの人間だったのですが、ある時にふと「捨てちゃおう」と思って捨てた物があります。
それは小学校の時に使っていた勉強机とか、私が小学校か中学校の時に初めて自分のお小遣いで買ったタロットカードです。
(私は30歳頃から個人事業主で占い師をしてます)
勉強机は、なんだか分からないけど、難波で一人暮しをドロップアウトした後実家に帰ってきてから「インテリア的に邪魔だなあ」と思って、ある日思い切って捨てました。
確かその前に、初めてFAP初級・上級セミナーを受けた後だったと思います。
FAP上級セミナーで、「片づけができなくて部屋が散らかっている」ことを、同じ受講生に相談しました。
その時はナラティブセラピーの授業だったので、そこから物語を作っていくようなセッションだったような(違うかったような…)。
大阪から帰ってきても相変わらず私の部屋は汚部屋で、物であふれ返っていました。
なんとか片づけたいと思っていることを相談したら、「物がたくさんあふれていて片付いていない方が落ち着くんだと思います」とセッション相手の方から言われて、目からウロコでした。
今でも部屋の片づけが疎かになっていたり、散らかっていたりするのを見るたびに、その時の「散らかって物にあふれた窮屈な部屋の方が落ち着く」というその方の言葉を思い出します。
そして勉強机を捨てたのですが、後からよく考えたら「あれ?みんな勉強机は捨てない物なのかな…」と、強烈な罪悪感が湧いてきました。
私にとっては嫌な思い出しかない勉強机ですが、世間一般的には「両親が買ってくれた高いお金を払った勉強机」は、みんな結婚してからも実家の元自分の部屋に置いてあるのかもしれない。
そんなことを思うと「なんであの時に両親は止めなかったんだ!」と、こういう時だけ私の言いなりの両親に腹が立ってきますし、父親のやたら不機嫌な態度にも納得がいきます。
それで、タロットカードの方は、もう本当に必要ないと思って捨てたのですが、後になって「必要!」ということがあり、もうすでに絶版だったのでなんとか中古で探して再び手にいれました。
『お金は愛の象徴』と、大嶋先生のいくつかの本で出てきます。
(覚えている限りでは『「お金の不安」からいますぐ抜け出す方法』・『消したくても消せない嫉妬・劣等感を一瞬で消す方法』に載っていたと思います。ちなみに「嫉妬」の本は、本当に一瞬で嫉妬や劣等感を消す方法が書いてあります)
だから、こうやってお金をムダにして結局捨ててしまうようなことをしたり、逆に捨てた物を再度買ったりしている自分はとても「お金の無駄遣い」をしているようで、ばつが悪くなります。
だけど、その後に私が気づいたのは「母親に買ってもらった物を捨てられない!」という事実でした。
なので今回の一人暮しでは、なるべく母親から物を与えてもらおうとせずに過ごそうとしていたのですが、気づいたら母親は何でも買ってくるんです。
父親がもう定年退職しているので節約して過ごせば良いのに、まずこの家に引っ越してきた時に調理器具やらお皿やらタッパーやら、他にクッションやらなんやら…。
母親の買ってきたものを家に置くと部屋が散らかる!と思っていた私は、本当に怒りをあらわに拒絶していました。
そう、ずっと私はこの今の家に引っ越してきてから母親に対して強烈な怒りを持っていたのですが、それは母親が天然だからでもなく、母親が私が近づいたら拒否するような態度を取るくせに遠ざかったら近づいてくるからでもなくて、ただただ「物を置く」という行為で私のパーソナルスペースを侵されていたからなのでしょう。
だから「怒る」というのは―――私が一番初めのインサイトでのカウンセリングで学んだことなのですが―――自分にとって本当に大事な感情なのです。
なぜ自分が怒るのか?
そこが大事で、だからむやみやたらに「怒ってはいけない!」と自分を抑圧する必要はないのかもしれませんね。
『HUNTER×HUNTER』の一巻でゴンが、「その人を知りたければ、その人が何に対して怒りを感じるかを知れ」って言っていました。
誰かではなく、まず自分が何に対し怒り、どんな感情があるから怒りに繋がるのかということを探ってみてもいいかもしれませんね。
だけど、まあミラーニューロン説で言うと、「不快な感情は相手のもの」なので、もしかしたら怒り自体が相手から流れてきた感情なのか、もしくは支配で入れられた感情である可能性もあるので、「心よ」と心に聞いて確認してみるのが一番確かで面白い方法なのかもしれませんね。
本日のメタファー:ライオンのぬいぐるみ(ポンデライオン?)
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