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『やるべきことをさっさと終わらせるスクリプト』

催眠スクリプト
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色鉛筆を立てて入れている入れ物があって、その入れ物は丸かったり四角かったりします。

そして、色は白とか黒とかモノトーンで、その中から私は一本の色鉛筆を取り出そうとすると、それまでそこにバランス良く色鉛筆が入っていたわけだから、カチャカチャと色鉛筆たちの居場所が変わり、先ほどまでの位置から移動していきます。

その、色鉛筆立ての中の色鉛筆が音を立てる様子が私はとても好きで、意味なく色鉛筆をいじって回したり、わざと音が鳴るようにしてみたり、そうやって本来はモノを描くはずのための道具だけれど、私は色鉛筆を眺めて音を鳴らすだけで幸せを感じるのです。

私は絵を描く人なのか?というとそういうわけではなく、絵は本当にまれにしか描かないし、絵の才能もないから、本当は色鉛筆を持っていてもほとんど使わないんだけど、色鉛筆がたくさんのニュアンスの色が揃って並んでいるのを見るのが、なんだかとても美しく満たされる気持ちになります。

色鉛筆を削る音ももちろん好きだし、色鉛筆を使って紙に描く時の擦れる音も、私にとってはいつまでも聞いていたいようなそんな気持ちにさせてくれます。

だから、部屋に色鉛筆があるというだけで満たされる気持ちになるのは、それを見るたびに自分が幸せな気持ちを思い出すからかもしれません。

さて、もうひとつ私の部屋にはお気に入りがあって、それは絵具なんかを出す紙のパレットなんです。

この紙のパレットはもちろん絵の具を使って絵を描くために買ったのですが、未だに使わないまま部屋の中にいて、だけど新品のままずっと置かれているから紙は真っ白なまま色褪せず、パレットをパラパラめくると心地良い音が耳に響いてきます。

色鉛筆と同じで、実際使わなくても私はこの紙パレットを「持っている」というだけで、なんだか満たされた気持ちになるのです。

紙パレットは白くて空豆のような形をしていて、そして指を入れる穴が一つだけ開いています。

別に絵を描くわけではないけれどその穴にそっと指を通してみると、なんだか自分が画家になったかのような気分になれるので、胸の鼓動がドキドキと高まる感覚を感じます。

なぜ、実際に絵を描かないのか?というと、実は私は、絵の具を出して片づけるのが面倒くさいんです。

だから、絵の具の色を混ぜ合わせて色を作るのも好きだし、描きたいモチーフもたくさんあるんだけど、片付けのことを考えると億劫になるので、この白い紙パレットは白いままでも十分美しいじゃないか…とそんなふうに考えて自分を落ち着けています。

窓の外からは飛行機が飛ぶ音が聞こえてきて、時折、鳥が鳴く声が聞こえて「ああ、もう昼なのか」と気づきます。

やわらかい午後の日差しが窓から部屋の中へと射し込んでいて、私の頬や床や壁を照らす様子が、なんだか私の心をホッと安心させます。

白い紙パレットに絵の具を出さないもうひとつの理由は、絵の具で絵を描こうと思ったら水を入れたバケツが必要なんだけど、そのバケツを使った後に洗うのがまた面倒くさいからで、使った絵の具が床についたり、濁った水をどこかにぶちまけてしまったりした時のことを考えると、とても億劫になってしまうのです。

だけど、水を入れたバケツの中で絵筆をクルクルと回すのはとても好きで、中で水がパシャパシャ鳴る音や、どんどん絵筆についた絵の具が取れて水がマーブル状になる様子が、とても見ていて飽きません。

そして、なぜか絵を描いていると、子供に返ったような気持ちになって、夢中になっていく自分を感じるのです。

そうやって「絵の具を使って絵を描いている自分」や「色鉛筆でどんな絵を描こうか」と頭の中でイメージしている時はとても楽しく、実際それが実行できたらもっと楽しいのかもしれないけれど、今は想像の中で絵を一生懸命描いている自分を見るだけで満足なんです。

窓の外から鳥の声が聞こえてきても、風が窓を鳴らす音に気づいても、私はこのぬくぬくとした部屋の中で、こうやって一日中好きなことやしたいことについて空想しているのです。

こうやって空想している間に、どんどん時計の針は進んでいって、いつの間にか窓の外が夕暮れになっていても、私の空想は止まることなく、好きなことややりたいことについて一日中飽きもせずに考えている自分がそこにいて、私はただ、このゆっくりと流れる時間の感覚を全身で感じているのです。

窓から入る夕陽の色がオレンジから朱色に変わっていく頃、私は部屋の電気をようやく「点けなきゃ」と思って立ち上がります。

部屋の電気を点けた途端に、窓の外の夕暮れが部屋の明かりでかき消されるから、私は夕陽のことも鳥の声も風の音も忘れて「さあ、夕飯を作ろう」とコンロの火を点けます。

部屋の中にしょうゆのにおいやコンロの火のあたたかさが広がっていくと、突然「あ、結構お腹が空いているのかも」ということに気がつきて、お腹がグーッと鳴るので、早く料理を済ませて食べてしましましょう!と急ぎます。

お肉を切って、みそ汁を作って、部屋の中に晩ごはんのにおいが充満してくると、私はおもむろにテレビをつけて、一気に部屋の中が騒がしく明るくなった感じがしました。

テレビの前のテーブルに晩ごはんを並べると、誰もいなくて一人なんだけどちゃんと「いただきます」と小声で言ってから、お箸を手に取り、ご飯を口に運んでいくのですが、先ほどまで考えていた色鉛筆のことが思い出されて、「明日こそ絵を描こう」とそう心にひっそりと誓うのです。

ひとーつ!さわやかな風が頭に流れてきます。
ふたーつ!だんだんと体が軽くなってきます。
みっつ!大きく深呼吸をして、頭がスッキリと目覚めます。

『やるべきことをさっさと終わらせるスクリプト』でした。

タイトル:「色鉛筆に絵の具のパレット」

解釈:本来は色鉛筆で絵を描く時に必要ない絵の具のパレットを使って色鉛筆で絵を描こうとする、といったメタファーが浮かんでました。
物語を書いているうちに、全然違うお話になってきました。

なので、元々の解釈は、合わない道具同士を用いても、何の役にも立たない。
適材適所。
無理に要領良くしようとしない。

という解釈が悩みとメタファーを統合した時に出てきた意味です。

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