【無意識さんの力で無敵に生きる】を改題、再編集された【無意識さんに任せればうまくいく】を再読しています!
私はボリューミーな青山ライフ出版の分厚い方が好きなのですが、PHP文庫の方は無意識さんについてさらに分かりやすく解説されていてさらっと読めます。
『無意識』を意識的に説明するって、もうその時点で無意識ではなくなってしまうんですよね。
だから、私もブログで「無意識さんの本がすごくいい!」ということを説明したいんだけど、文章にしようとした瞬間に何を書いたらいいのかわからなくなってしまう。
とにかく、【意識は無意識を否定する】ものであるということ。
本当は自分で「〇〇した方が美しい」とわかっているはずなのに、後から出てきた意識であれこれ考えて不安になって、余計なことをしてしまう。
そして、「我慢しておけばよかったのに!」と後悔する。
今回、再読していて思い出したことがある。
私は、誰かと話している時に、「それ知ってる!こういうことでしょ!」と言わないようにしています。
相手はきっと私の知識を披露してほしいと思っていないだろうし、「何も言わずに相手の話を聞く」姿勢が美しいと感じているから。
だけど、自分以外の誰かが会話しているのを見た時に、ある人が「それって、こういうことでしょ!」と知識を披露されていて、みんながそれを聞いて「おおー!!」となった時にすごく悔しくなる。
私だって知ってたし!って。
醜い感情がふつふつと湧いてくる。
そんな醜い感情を後から感じたくなくて、私も自分の知っている知識を「それ知ってる!これでしょ!」と披露するようになってしまう。
心のどこかで違和感を覚えながら…。
お師匠さんがすごいなあと思うのは、のらりくらりとかわしてらっしゃるその姿勢。
きっとお師匠さんはなんでも知ってらっしゃったはず。
いや、本当は知らなかったのかもしれないけれど、ポケットの中のものを見せずに相手に委ねられるその姿がとても美しい。
「それ知ってる!」とマウントのようなものを取りにいってしまう私は、意識で考えて何かに怯えて、美しい無意識を否定してしまっている。
無意識を意識で否定せずに、手放しで委ねるって本当に難しい。
最近、メンタリストDaiGoさんの【トークいらずの営業術】という本を読みました。
営業というのは、上手に話すことではない。
しかるべきタイミングで行動を起こせるかが大事だ、と書かれていました。
無意識に委ねることも、それと同じなのではないかと感じています。
意識では、「今やらなければ大変なことになる!」と焦って行動して、失敗してしまう。
本当は「今ではない」ということをなんとなく頭の片隅でわかっているんだけど、意識が邪魔をして無意識の美しさを潰してしまう。
だから、「待つ」ということが大切なんです。
営業も押せば良いのではなく、適切なタイミングを見極めて、それまで「待つ」ということが大切だそうです。
たしかに、営業ってとりあえず押しとけ!ゴリ押ししたらいけるでしょ!的な印象があるので、「営業」だと聞くとなんだか嫌なイメージが湧いてきます。
なので、営業マンの話を聞こうともせず避けてしまいます。
もしかしたら、意識はゴリ押し営業マンと同じなのかもしれない!?
『無意識さん』と言えば、宮本武蔵と柳生石舟斎の話がありますが、殺気立っている武蔵の前でも石舟斎が構えることすらしなかった、というのは本当に美しい。
先程の私の「それ私も知ってる!むしろ、こういうことでしょ!」とマウントのようなものを取りにいってしまう発言は、まさしく殺気立ってる武蔵の前でこちらも殺気立っている石舟斎となってしまうのでしょう。
お師匠さんや石舟斎のように、「構えない」とするのは、なかなか怖い。
だって自分が切られちゃうかもしれないのに!
だけど、「切られちゃう!」という恐怖はきっと意識であって、相手の殺気の背後にある生き様に思いを馳せた時に感じるリスペクトが、敵も味方もなくしてしまうのだろう。
そう、本当はこの世の中に敵も味方もいないのかもしれない。
そう思った時、私はこれまで意識で怖がって、壊す必要のないものをたくさん壊してきたかもしれないと怖くなったんです。
もっとはじめから無意識の力を信じていれば…
そう思うことすら意識であって、無意識を否定している。
無意識は、私を守ってくれるもの。
だから、無意識に委ねても大丈夫。
無意識に委ねて怖いことが起こるかもしれない…と考えて、意識でコントロールしたくなる時こそ、意識が無意識を邪魔している時。
そこに気づけた時に、石舟斎のように「構えない」で自分や相手の背後にある無意識をリスペクトできるようになるのかもしれない。



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