今の収入以上の稼ぎが欲しくて副業を始めようかなと思ったり、もっと高いお給料がもらえる職場に転職しようと思ったりするのですが、なかなか腰が重くて動けないという人がいました。
そして、その人は休みの日になるといつも「もっと今よりも稼がないと!」と焦りますが、仕事をして帰宅したらもうくたくたで何もできなくて、結局焦りばかりが募っていくそうなのです。
だから、私はその人に「ある神社の神主さんがね、玉串を持ってね…」と語ったんです。
そして、その神社の神主さんは、ある男性のために玉串を両手に持って、立派な神前で舞っていました。
そして、その男性は深く深く頭を下げて正座をして、神主さんの舞いの前で何事かを一生懸命に呟いていて、さらに神主さんが足を動かすたびに床が小さく軋むのです。
そうすると、奥からお屠蘇を持った若い女性が長い着物の裾を静かに引きずりながら男性の前に膝をつき、男性は女性の手からお屠蘇をそっと受け取って、ぐいっと喉に流し込みます。
そして、男性の喉元がカッと熱くなる感覚があると、神主の舞いはますます激しく大きくなって、それとともに床の軋みも大きくなっていったんです。
それから、神主の動作が大きくなるにつれて、ますます男性は深く深く頭を下げていくので、もう畳に額がつきそうなほどだったのですが、男性の額から汗が流れ落ちて、畳にじんわりとシミが広がっていきます。
そうやって、シミが広がっていく様子を男性は頭を下げながらじっと眺めていると、それは汗なんだけどもしかしたら自分の涙かもしれないような気もして、だけど自分が何に泣いているのかも分からないので、ただただ神主の祝詞の抑揚に耳を傾けながら、解読できないその言葉を頭の中に染み込ませていきます。
そして、神主が男性の頭の上で玉串を何度か振ると、同時に澄んだ鈴の音もチリチリチリと鳴って、まるで男性の頭上から美しい光の雨粒が降り注いでくるような、雨上がりの虹のような、太陽の光がさんさんと降り注ぐ夏の午後のような、そんなあたたかさを全身に感じます。
やがて、神主は男性から離れてまた元の位置で舞っているのですが、男性の意識は拝殿の外から聞こえてくる蝉の声に持っていかれていたので、頭の中には外の陽射しの強さや濃く硬い青葉が思い出されます。
すると、さらに神主の祝詞の声が一層大きく波打つように詠うので、男性はハッとして外の蝉の声から祝詞の声に集中し直すと、そろそろ御祈祷もクライマックスのようで、神主の頬にも汗が流れているのが見えます。
そして、大きな銅鑼の音(ね)が2・3回鳴ったところで神主は動きを止め、男性はその背中を後ろから眺めていたのですが、神主の呼吸は荒く乱れていて肩が大きく上下しているのが分かるので、なんだか僕もつられて呼吸が荒くなり肩を大きく上下させていたんです。
それから、神主が急に男性のほうへ振り向くと、男性は少し驚いたのですが、神主のやさしい目をまっすぐに見て神主の次の言葉を待ちます。
けれど、神主はなかなか次の言葉を発さず、男性は辛抱強く私に掛けられるであろうその言葉を待つのですが、拝殿の外から聞こえる蝉の声がより一層大きく聞こえるだけだったのです。
だから、男性はもう神主が何も言わないのだと思って視線を逸らして拝殿の外を眺めると、そこには真昼の太陽の眩しいぐらいの白い光と、それに照らされた青葉が風にそよそよと揺れている風景が目に飛び込んできて、「ああ、これが自分が求めていたものかもしれない」となんだかそんなことを突然思うと、ぎゅっと固く拳を握り締めます。
そうやって、蝉の声がじわじわと鳴り響くこの空間に、2人は無言のままじっと動かずにいて、いつの間にか神主も男性と同じように拝殿の外を眺めていて、その眩しさに目をうっすらと細めていました。
なので、男性は「今、神主も自分と同じ気持ちなんだ」と思って、一度ちらっと神主の表情を確認してそれを確かめると、再び先ほどまでと同じように拝殿の外の緑と太陽の光に目を細めて、騒がしい蝉の声の中に埋もれていくのです。
やがて、どれぐらいの時が経ったのでしょうか、少し日が陰り始めて空が青紫色を帯びてきた頃、男性は何も言わずに立ち上がって、冷たい床の上を音もなく歩いて拝殿を後にしました。
そして、その間、神主は何も言わずに男性が出て行くのを見ていたのか、それとも男性のことなど見ていなかったのか分かりませんが、男性は一度も振り向かなかったので神主がどんな表情をしているのかは知ることはできませんでしたが、ただ、目の前に広がる夏の夕暮れ特有の昼と夜の境目である青紫色の空が本当に美しくて、この風景を以前に僕はどこで見たんだろうと記憶を探ります。
それから、境内の石段を、まわりの美しい風景を目に焼き付けるように眺めながらゆっくりと下りていき、階段を一歩下りるごとに夜も深まるような気がしていて、階段を下り切った頃にはとっぷりと夜になっていたので、蝉以外の蛙の声やマツムシの声があたり一面から聞こえてきて男性の耳を塞ぐのです。
そして、男性は鳥居を抜けて、ぽつりぽつりと心もとなく灯っている街灯を頼りに帰路につこうと思い、真っ暗な闇に吸い込まれるように、夏の夜の生暖かい風を感じながら歩いていきます。
ひとつ、爽やかな空気が頭に流れていきます。
ふたつ、身体がだんだんと軽くなっていきます。
みっつ、大きく深呼吸をして頭がすっきりと目覚めます。
―――――
一部日本語がおかしいところがあるかもしれませんが、いつも通り催眠です。
コメント