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【過去作】自分のための物語

催眠スクリプト
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ここは暗い、地下室のようなところです。
埃っぽくて、暗いけどあたりには何もないことが気配でわかります。
自分が歩く足音が、キシ…キシ…と聞こえます。
不思議と怖くはありません。
どこか懐かしく、でも何か重大なことを思い出せないような、ぼんやりした気持ちです。

ふと床に目を移すと、ポツンと置かれた古びた人形を見つけました。
おそらく手作りで手縫いの、女の子の形をしたぬいぐるみです。
ガーゼ生地で出来た薄い焦げ茶色の肌をしていて、手に取るとふわふわした感触が伝わってきます。
この女の子のぬいぐるみを触っていると、心が落ち着きます。
この女の子は、うふふ、とほほ笑んでいるような口元をしています。
そして、ピンクのチェックのワンピースを着ています。
肌に比べると、少しゴワゴワした生地で出来ているワンピースです。
女の子の髪は太い茶色の毛糸で作られており、三つ編みが二つ結われています。
靴はワンピースより濃い色のピンク色のローヒールです。
歩くとコツコツと音が聞こえてきそうです。
どこか赤毛のアンに似ているこのぬいぐるみを懐かしいと思うけれど、自分はこのようなぬいぐるみは持っていなかったな…とポツリと考えます。
このような快活そうな女の子になりたかったのかと問われたとしても、そうではなかったと答えるだろう。
では、自分は一体、何になりたかったのだろう?
いや、何者にもならなくて良いのではないだろうか。
そんなことを考えながら、何も音が聞こえない静寂の中、右手に女の子を握って、しげしげと眺めています。
ボタンでできた目は何も映さず、口元は確かにほほ笑んでいるような気もしますが、その表情は読み取れません。
自分はこのぬいぐるみから、何を思い出したいんだろう?
しゃがんだままの姿勢なので、だんだん太ももが痺れてきました。
ぷるぷると足が震えたところで、女の子のぬいぐるみから目をそらし、スッと背筋を伸ばして立ち直しました。

外で「チュン」と鳥が鳴いたような気がしました。
地下室だと思っていたこの部屋に、一筋の明るい光が差し込み、「ここは地下室ではないのだ」と気づきました。
どうやら1㎝ほど、うっすらと窓が開いていたようです。
どこからか、そよそよと風が吹いてきて、頬をなでます。
ザザー…と木の葉が揺れる音が窓の外から聞こえてきます。
ようやく「あ、懐かしい空気だ」と感じます。
初夏の、家で一人きりで過ごす夏休みを思い出します。
遠くで聞こえる風の音は、心地よい眠りを誘います。
うっすらと目を閉じてしまいそうな、おだやかでゆったりとした時間の流れを感じます。
顔を上げると、長い前髪が鼻をくすぐります。
そういえば、最後に美容院に行ったのはいつだろうか?
前髪の隙間から見える少しだけ開いた窓は、カーテンをひらひらと揺らしています。
レースのカーテンは光に透けて、とても美しく眩しく、思わず目を細めました。
また「チュン」と鳥が鳴く声が聞こえます。
なんて平和なんだろう。
何者にも邪魔されずに、自分のためだけに時間を使っている。
こんな贅沢があっていいのだろうか。
この、家具が何もない家で、一から再スタートさせるのだ、とちょっとだけワクワクしてきました。

この家はというと、焦げ茶色の木でできた一階建てのコテージのような家です。
まるで童話の中に登場してきそうな小屋です。
窓は4つあり、どれも分厚めのカーテンとレースのカーテンがかかっています。
そうして4つともほんの少しだけ窓が開いており、そこからそよそよと風が入ってきて、前髪を揺らします。
自分以外には、誰もいる気配がしません。
窓の外には緑が広がっており、ここは草原の中なのだと気づきます。
窓のすぐそばの外には大きな木が窓を囲うように二本づつ植わって、直射日光が入るのを防いでいるようです。
時おり、木の葉が激しく風に揺れる音が聞こえてきます。
その度に「ああ、今年もまた夏がきたのだな」と思い出します。
窓の外の緑の雑草はとても背が伸びており、おそらく自分の身長の半分は覆い隠すでしょう。
それだけの期間、このおとぎ話のような小屋には、誰も住んでいなかったのだろう。
自分が久しぶりの来客のようです。
それを歓迎するかのように、風はうねり、陽は柔らかい光を部屋の中に差し込みます。
まずはここに何を置こう?
そうだ、それよりも先に、掃除をしないといけない。
埃をきれいにはたいて、床と壁を水拭きして、窓ガラスもふいて…そしたら、もっとこの部屋は明るく目に映るだろう。
そして、一番初めに置くのはベッドだと決めました。
小屋と同じく焦げ茶色の木でできたベッドです。
乗るとキシキシと音を立てて、一人ではない、というぬくもりを感じることができるでしょう。
毎晩そのベッドで、ふわふわしたあたたかい布団にくるまれて、幸せな夢を見ることができます。
そう、もう一人が寂しくないのです。
一人は心地よく、なぜなら今、自分は自然と一体となって、この草原の空気に溶け込み、ここにいるようないないような存在感であるからです。
草原の中の一匹のリスになったような気持ちで、この大きな自然を見守っていくでしょう。
背丈が高い雑草も、鬱蒼とした木の葉も整えずに、あるがままのこのものたちと時を過ごすのです。

 

ひとつ、爽やかな空気が頭に流れてきます。
ふたつ、身体がだんだんと軽くなってきます。
みっつ、大きく深呼吸して頭がスッキリと目覚めます。

―――

2019年8月16日に書いた催眠スクリプトです。

 

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