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抜けられない恋は両親を投影しているからかも

書籍レビュー

まだ【恋愛依存症】読んでます。

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共依存的な恋愛から抜け出す3つのキーワードがあります。
「安定」「再挑戦」「アッパー・リミット」
今日はその中の「再挑戦」について書こうと思います。

「再挑戦」というのは、トラウマの再上演です。
大嶋先生のトラウマちゃんの本でも書かれていましたが、我々は幼少期の経験から「かわいそうな母親を救いたい!」というヒーローになってしまっていたりします。

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あの時に救えなかった母親を助けたい!という「未完了の仕事」を今度こそ達成するために、目の前の恋人に母親を投影して「再挑戦」する。
けれど、恋人は母親にどれぐらい似ていようが母親とは違う人間だし、「あの時」とまったく同じ状況ではありません。
そのため、「未完了の仕事」は永遠に遂行されず、自分の苦しみも解消されない!と自分を追い詰めてしまう。
そして、何度も同じような恋愛を繰り返して、失敗を続けてしまうのです。

ここで、催眠だと「心に聞く」を使ってみます。
「心よ!この苦しみは、私の何歳の苦しみ?」と聞くと、パッと頭の中に数字が出てきたり、過去の記憶がイメージとして出てきます。

たとえば、ある人とお付き合いしている時に、怒りが止まらなかったことがあります。
LINEの返信がないと「私のことを蔑ろにしている!」と思って、強烈な怒りを感じて居ても立ってもいられなくなっていました。

そんな時に、「心よ!この感覚は何歳の感覚?」と聞いてみると、父親が浮かんできたんです。
毎日0時過ぎても宿題が終わらない私を、父親が無理やり引きずって家から追い出そうとしているあの場面を思い出します。
私は泣き叫んでいるけれど、父親は怒鳴りながら廊下を引きずっていく。

このイメージを見て、「ああ、私は怒ってるんじゃなくて、恐怖を感じているんだな」と気づきました。
家の中はいつも父親と祖父の機嫌を損ねないようにと、緊張状態でピリピリしていました。
それが大人になっても続いていて、彼氏に怒鳴る父親を投影してしまっていたんですね。
「男の人はこわい」「私は男の人に怒られる」「私の話を聞いてくれず、一方的に暴力を振るわれる」
恐怖の対象でしかなかった。
だから、LINEがこない=私が相手の機嫌を損ねてしまった=こわい!返信がないと耐えられない!となっていて、恐怖が怒りに変化していたんです。

これは心に聞いて腑に落ちた話なのですが、【恋愛依存症】の本にも「再挑戦」している自分に気づく方法が書かれています。

それは、私が『もっとも欲しているものは何なのか』

アルコール依存症の女性の場合は、

それは父にお酒をやめさせ、家族に平和をもたらし、父からの愛情を十分に得ることなのである。(p131)

では、私の場合は?
私は両親からどんな言葉欲しいのだろう?と考えてみた。

私は「両親に謝ってほしい」んだと思った。
泣きじゃくっている私を放置していた両親に、謝ってほしい。
同じように、私との話し合いを「面倒くさいから」とか「あなたが冷静になってから話そう」と言って永遠に話し合わない彼氏に、謝罪させたい。
なぜ私の気持ちを理解してくれないんだ!なぜそんなに自分のことしか考えられないんだ!と、私は怒っていたのか、それとも「要らない子」である自分の価値を復活させたかったのか…。

だけど、同時に「罪深い私を許してほしい」という気持ちもある。
つまり、両親(彼氏)に謝ってもらうことは、私の罪を許してもらうことなんだ!と。

「あなたの話を聞かず、あなたの気持ちを理解せず踏み躙ってごめん」と言ってもらいたい。
それと同時に、私の「ごめんなさい」という気持ちに返事がほしかった。
うちの家庭では、私が「ごめんなさい」と言っても無視されて終わっていたので、いつまで経っても許してもらった気持ちにならず、ずーっと罪を背負って生きている感覚だったんです。

「謝ってほしい」から、彼氏の些細な問題を見つけては吊るし上げるようにして責め、謝らせようとしていた。
でも、素直に謝ってくれるような両親とは違う人を望んでいるわけではないので、両親と同じように謝らずに無視してくる恋人にいつも怒り狂っていた。

「私の罪を許してほしい」から、そうやって彼氏の問題を責め立てて怒り狂って、「言い過ぎた、ごめん」と伝えるんだけど、「ごめんなさい」が通じる相手を求めているわけではなかった。

私は恋愛がずっと苦しいものだと思っていたけれど、逆に言うと、苦しまないと「恋をしている!」と感じられなかったんです。
穏かで優しい人には惹かれず、自分を傷つけてくる人を選んでしまっていたのは、相手のその私を蔑む目が両親と同じだったから。

本当は相手の言動に傷ついているのに「こんなに感情を揺さぶられるなんて、恋なんだ!」と思ってしまうのは、「要らない子」だと思われたくなかったから。
「この人に愛されないと死ぬ!」と思っていたから、相手の機嫌を取るために相手のことを好きになって、相手にも好きになってほしかった。
それで「価値ある子」と思ってほしかった。
つまり、私は恋なんかしていなかったわけです。
両親のように傷つけてくる相手に「愛されないといけない!」と両親を投影していただけなんです。

 

今、もし苦しい恋や人間関係がるのなら、そこにもしかしたら両親を投影しているかもしれない。相手を母親にしてしまっているかもしれない。
そして、私はこの人間関係で何を欲しているんだろう?相手からどんな言葉がほしいんだろう?と考えてみる。

気づくだけでループから抜け出せるかもしれません。

 

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