まっさらな大地には、ところどころ石ころが転がっていて、だけどそこには草木は一切生えていないので、見渡す限り茶色い平たい地面が自分の足元から遠くの方まで続いている。
空ではカラスが鳴く声が聞こえたと思って見上げると、さっきまで青空だった空がみるみる曇ってきて、ポツポツと雨粒が私の鼻先に当たり、やがて大きな音を立てて茶色い大地を雨が叩いていく。
私は傘なんて持っていないので、雨に打たれるまま打たれているけれど、幸いなことに大事な鞄やケータイ電話なんかは持ってきていないから、全く動じることなくこの雨に打たれるまま冷たい雨粒の感触を感じている。
雨が目の前を線のようになって地面に無数に落ちていく様子を、私はじっと同じ場所に立ったまま眺めているのです。
この荒野には動物の姿も全く見えないので、ただ私一人が雨に打たれているのだけれど、だんだん大きく激しくなっていく雨の音に私の呼吸はかき消されて、自分が雨と一体になったような感覚になっていきます。
大粒の雨は私の額や首筋や腕や足先を叩き、いつもなら「ああ、濡れて不快だなあ」と思っていたんだけど、どうしてか今はこの雨が激しく降れば降るほど私の体を叩くので、その振動がとても心地良いと感じるのです。
「帰ったら熱を計らないとな…」と思って、体温計は家の中のどこにあったかを頭の中で思い出そうとして、自分の家の玄関から入ってリビングへ、そしてキッチンと寝室を順に移動していって思い出していきます。
私の家は一人暮らしだけどとても大きく、大の大人が三人で暮らしてもまだ余裕があるぐらい大きな家なので、部屋から部屋へ移動する時は必ず電気を点けないと暗いし、一度家の中に入ったら大きな家なので、外の様子が全く分からなくなってしまうから、だからこんなふうに今、雨が降っていても雨の音など聞こえずに静かなんだろうなあと家のことを思い出します。
私の家は、ある高級住宅街の小高い丘の一番上にあって、一番に上にあるから下を見下ろせるんだけど、上から下に続く家々の屋根の色を眺めていると、オレンジ色や赤色やくすんだ青色や緑などさまざまな色があって、「私の次の家はどんな色の屋根にしようかなあ」なんてワクワクした気持ちになります。
そうやってたくさんの家を眺めるのが私はとても好きで、家の造りや間取りを眺めていろんなことを想像したり、夜になって家の明かりが灯るところを見たりすると「ああ、ここで生活をしているんだなあ」となんだかとても感動するのです。
私の家は小高い丘の上にあるので、嵐の日なんかは特に風がビュービューとものすごい音を立ててうなるから、さすがに静かな家の中でも気づくのだけど、その他の普段の雨や鳥の声や外の車の音なんかは全く聞こえない優れた家です。
だから家の中に閉じこもって過ごしていると、私だけどこか別世界に来たような、タイムトラベルしてるような気持ちが味わえるんです。
隔離された家の中で、私だけの時間を自由に過ごしていると、たとえば映画を観るために部屋の壁をスクリーン代わりに映写機で映像を映し出します。
そうすると物語の主人公が家の部屋の壁にあらわれて、私はそれをうっとりと眺めながらポテトチップスを食べてコーラを飲んで、そして大音量の音楽で台詞を聞くのです。
それがもうなんとも贅沢というか、誰にも見られていないからどんな格好でどんな物を食べても怒られないし、自分が醜いとか美しいとかそんなことも気にしなくてもいい。
ただ、そこにある壁に映し出された映画を観て、そしてその物語の主人公になったような気持ちで感動して、泣いたり笑ったりを物語の主人公と一緒に心を動かしていくのです。
すると突然「あ、なんだか熱っぽいかも」と気づき、脇の下に体温計を挟んで、ピピピッと音が鳴るまで待ってから体温計を再度見てみます。
すると若干の微熱があって、どうりで少し寒気がして額が火照ってるんだなあと気づくけど、額に冷たい濡れたタオルを乗せるととても気持ち良くて、なんだかこのままぐっすり眠れそうな気がします。
あったかい布団にくるまれて、外はまだ昼間の太陽の光が窓の外に見えるのに、私は今から眠ろうとしているなんて、映画を一人で家で見ることの次ぐらいに、とても贅沢な気分になるんだなあ、と思います。
自分の吸ったり吐いたりする呼吸の音が、鼻から吸って口から吐いてを繰り返している音が、繰り返し繰り返し、規則正しく聞いているうちに、だんだんと私の意識はあいまいになっていきます。
まぶたを開けていられなくて、でも窓の外のやわらかい陽の陽射しをいつまでも眺めていたくて、そのままあたたかい布団の心地良さでやがて夢の中へ入っていきます。
夢の中の私は、雨上がりの乾いた茶色い大地の上に立っていて、その草木が一切生えていない見渡す限り茶色い荒野に体温計を持って立っていて、それからその手に持っている体温計を茶色い地面にさすのです。
地面は固く、なかなか体温計がささらないんだけど、なんとかヒビ割れた隙間から体温計を差し込むと、ピピピッと計り終わった音が鳴るまで待ってみるのです。
そうしてピピピッと図り終わった合図が鳴ると、私はまた体温計を抜こうとするんだけど、地面に無理やりさしたものだから中々抜けなくて、地面が割れるか体温計が割れるかというぐらい、全身に力を込めて、さつまいもを思いっ切り抜く時のように後ろに引っ張るのです。
空には太陽がギラギラと私と地面を照り付けていて、だんだんと地面の温度が急上昇していくのが分かります。
体温計を握る私の手は汗ばみ始め、太陽が南の空に昇る頃には、私の息は暑さで上がっていて、肩で息をするように呼吸が早くなっていました。
額の汗を腕でぬぐうと、私は再び体温計を引き抜こうと手に力を込めて、「陽が沈む前に終われば良いんだけどなあ」なんて呑気に考えながら、目の前のことに一生懸命に取り組むのです。
ひとーつ!さわやかな風が頭に流れてきます。
ふたーつ!体がだんだんと軽くなってきます。
みっつ!大きく深呼吸をして、頭がスッキリと目覚めます。
『生活を整え、毎日をラクに生きるスクリプト』でした。
タイトル:「体温計で土の温度を計る」
解釈:一見、温度計や熱がないように見えても、ちゃんとそこにはぬくもりやあたたかさはある。だから、触って確かめる。
土は、岩と生き物からできていて、長い年月をかけて岩石が風などの自然によって削られて細かくなったものです。
だけど、岩は削られただけでは土にはならず、コケだったりバクテリアだったり生物の死骸がたまって砂が土に変わっていくそうです。
体温計というと、うちの実家のものは昔ながらの水銀の体温計でしたが、ある時に割ってしまって私には「水銀の体温計」には苦い思い出があります。
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