雨が降っている日に紫陽花の葉っぱを眺めていると、雨粒がツー…ッと葉っぱの真ん中から先端へと落ちて、そして地面にポタッ…ポタッ…と雫を垂らしているのです。
雨の日は私はそんなに好きではないので、傘の柄をしっかりと握りしめて長靴を履いて、雨に一滴も当たらないようにと完全防備で出かけるのだけれど、自分の足音が水溜まりを踏んで「バチャバチャ」と音を立てるのは、耳にとても心地良い感覚であったりします。
雨がレインコートや傘を叩いて、私の肌にもひんやりと冷たい感触が伝わってくるようです。
紫陽花の葉っぱや花弁に伝う雨粒は、いつもよりもとても大きいような気がして、目で追っているのがどんどん楽しくなってきます。
雨は、止むこと知らずに、雨足はどんどん強くなっていきます。
少し、私の前髪が濡れた感覚があって、「あ、そろそろ帰らなきゃ」とガッカリしたような気持ちになったんだけれど、ふと、葉っぱの上にカタツムリを見つけたのです。
カタツムリは心地よさそうに雨に濡れた紫陽花の葉っぱの上を歩いていて、その歩いた道のりがツーッと、葉っぱの上に蛇行して描かれていくのです。
カタツムリは体を縮めたり伸ばしたりしながら、まるで私の存在を気づいていないかのように、ゆっくりゆっくりと歩いていて、その間にもどんどん雨粒は大きくなっていって、雨音も大きくなり、私の傘やレインコートを叩くのです。
私は、せめてこのカタツムリがどこに向かっているのかを見届けたい!と思って、息をひそめながらカタツムリを眺めようとするけれど、傘を持つ手に雨粒の冷たい感覚が伝ってきて、何度も挫けそうになってしまうのです。
「雨の日は嫌い」だといつも思っていたけれど、今日はどうしても済ませないといけない用事があって、家を出たのです。
雨は、雨の日に読書をしながら部屋の窓に伝う水滴を眺めるのがちょうど良くて、雨が降っている中出かけるのはごめんだと思っていたけれど、雨の日は人通りが少なく、ガランとした道路に少し心が躍るのです。
時折通る車が水溜まりを蹴って、バシャッと周囲に水を巻き散らすけれど、雨はどんどん空から際限なく降ってきて、また水溜まりは大きく大きく成長してくのです。
水溜まりをそーっとのぞいてみると、空が見えるのかと思ったけれど、空から降ってきた雨粒が絶え間なく水溜まりを叩いて落ちてくるから、いくつもの波紋が浮かんでは消えていきます。
私は、あえて水溜まりに長靴を履いた靴でバチャッと音を鳴らして飛び込んでみると、あたりに水飛沫が上がって、でも、降り注ぐ雨に混ざってすぐに消えていってしまったのです。
湿気を含んだじめっとした空気が、私の肌を濡らしていきます。
カタツムリは、まだゆっくりゆっくりと葉っぱの上を歩いていて、先ほど見た場所からはそんなに進んでいません。
私は、意地でもカタツムリが行く先を見てみたい!と思って、傘を持った手に力が入るけれど、雨の大きな音以外何も聞こえないこの道路で、だんだん心細くなってくるのです。
寒いから、心細いのだろうか?と思ったり、一人ぼっちで話し相手がいないから心細いのだろうか?と考えたりしてみましたが、きっとカタツムリが私の思っているスピードで歩いていかないことに心細さを覚えているんだ…ということに気がつくのです。
カタツムリは、別に私に見守っていてほしいとか応援してほしいとか何も考えていないだろうけど、もし自分がカタツムリの立場なら?と考えてみた時に、こんな大雨の中一人で大きな葉っぱの上を歩いていたくないんだ…と思うのです。
私はカタツムリになったことがないから、そこから世界がどんなふうに見えるかは分からないんだけれど、人間の世界から見た紫陽花はとても大きく美しい花を咲かせていて、そして葉っぱも大きく、怠け者の自分では一歩も歩きたくないのに、このカタツムリは長い時間をかけてゆっくりゆっくり、雨音を気にせずにマイペースに歩いてるんだなあと感心するのです。
雨はきっとまだまだ止まないだろうけれど、カタツムリの体がぬめぬめと水分を含むと、もしかしたらカタツムリは元気になるかもしれない!と思って、そんなことを考えていると「あ、別にカタツムリを見届けなくてもいいか!」という気持ちになってきたのです。
なんだか晴れやかな気持ちになった私は、カタツムリを眺めるのを止めて、まっすぐ家に帰ることに決めたのです。
紫陽花から目を逸らした世界は雨で、まだ灰色がかったような茶色がかったようなくすんだ色なんだけど、「こんな日も悪くないか!」と思って、バチャバチャと足音を鳴らしながらアスファルトを踏んで帰るのです。
家に帰ったらあったかいお鍋を食べよう…とか、あったかい毛布にくるまろう…とか考えながら、急ぎ足で家に向かうのは、何もしていないのになんだか心がふわっと軽くなった感じがするから。
家に帰った後のことを想像して家の間取りや家具の配置を思い出していると、イメージの中の私の家にはやがて明るい光が差し込み、「外が晴れたんだ!」ということが分かります。
晴れた空ではスズメが鳴き始めて、ベランダの向こうに大きな虹が掛かっているのが見えます。
そしたら私は「やっぱり鍋は暑いからやめよう!」と思って、素麺を茹でてショウガをつけて食べよう…と準備に掛かるのです。
ひとつ、爽やかな風が頭に流れてきます。
ふたつ、体がだんだんと軽くなってきます。
みっつ、大きく深呼吸をして、頭がスッキリと目覚めます。
メタファー:「雨の日のカタツムリ」
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後で紫陽花の花言葉を調べたら、「移り気」「辛抱強さ」「浮気」「無常」でした。
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