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心に聞いて「他人の感覚」とはさようなら。

ひとりごと
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大きなクジラが海を泳いでいるところを想像した時に、私は「わあ…こわい!」と思ってしまいます。

それは、自分の倍以上もある大きさのものに驚愕しているからか、自分が何か分からないけれど大きな穴に落ちていくような恐怖を感じるのです。
あの、お尻がこそばゆくなるような感覚です。

だからか、クジラ以外にも大きなビルとか背の高い建物を下から見上げるのが怖いですし、目の前に自分の身長よりもかなり背の高い人が立つと少しドキドキしてしまうのかもしれません。

私の中で、「大きい」=「恐怖」なのです。

そこで、自分の意識では「なぜ大きい物体に恐怖を感じるのか」が全く分からないので、心に聞いてみることにします。
皆さんは、私が大きいクジラとか背の高いビルとかが苦手な理由が何だと思いますか?

上記以外のもので、私が他に「大きくて苦手」としているものの中に「土星」もあります。
いや、きっと土星以外の惑星もだと思います。

なぜだか分からないけれど、「うわあ…こわい…」と思ってしまう感覚、分かってもらえる方がいらっしゃるでしょうか(笑)

心に聞くと、自分が予想していたことと全く別の角度からの答を聞くことができて、自分の思い込みが外れて「なーんだ!そんなことで悩んでたのか!」とその瞬間に悩みを解放できたりします。

私は、自分の意識では「大きい物がこわい」のは、自分が圧倒されて踏みつぶされるような恐怖を感じているからだと思っています。
そこに「未知の世界」を見るからこそ、未知の世界=(得体が知れなくて)こわい、みたいな感じです。

さあ、心に聞いていきましょう。
「心よ、どうして私は大きいものを怖いと思ってしまうの?これは誰の感覚?」

すると心は「それはあなたの感覚ではない。それは母親の感覚です」と答えてきます。
さらに「母親の感覚が、あなたに“大きいものは怖いのもの”と刷り込んでいる」と言ってきます。

「心よ、どうして母親は“大きいものは怖いもの”と刷り込んでくるの?」と聞くと、心は「それはあなたが“大きいもの”を見た時に、クジラのようにあなたを危険に脅かすようなものを排除するため」と答えます。

「心よ、実際、クジラは私にとって危険なの?」と聞いてみます。
すると心は「そうですね、あなたが近くに寄って余計なことをしなかったら危険じゃないかもしれませんね」

「心よ、背の高いビルは私にとって危険なものなの?」と聞いてみると、心は「そうですね、あなたが背の高いビルの上で危険なことをしなかったら、恐ろしいものではないかもしれません」と答えます。

きっと「危機感」を母親から教わったのだと思います。

「心よ、私はこの“大きいものがこわい”という感覚をなくさない方が良いですか?なくした方が自由になれますか?」と聞いてみると、心は「それは母親の感覚なので、母親に返しなさい」と言ってきます。

「心よ、どうして母親に返す必要があるの?」と聞いてみると、心は「それは母親の“恐怖”“危機感”の感覚であって、あなたに必要ないものだから」と言います。

「心よ、この感覚を母親に返したら、何が起こるの?どうなるの?」と聞いてみます。
すると、心は「そうすると、あなたは自由になる」とだけ答えてきます。

「心よ、どう自由になるの?何が自由になるの?」と聞いてみると、心は「母親の支配から」と言ってきて、ようやく私の腑に落ちます。

そうです、こうやって一個一個「母親の感覚」を手放していくことで、きっと支配から解放されて「自分らしさ」を思い出せるのだと言うこと。

その感覚すらも「他人のもの」だと気づいた時に、「自分はじゃあ、どう感じるのだろう?」と自分自身に問いかけていった時に、自分の中に自由がもたらせるのかもしれません。

まだ見ぬ自分の人生、まだ知らぬ自分のこの先は、一つひとつ丁寧に「誰かの感覚」を元の持ち主に返していくことで、また違った風景が見えてくるのかもしれません。

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☆他人の感覚をその人にお返しする方法

「心よ、この感覚を〇〇さんに返して」とお願いするだけでOKです!

本日のメタファー:くじら

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