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伝わらないことは悲しいことなのか?

気づきの記録

「言葉」ってとても難しいと思うんです。
いや、会話かな。

誰かに何かを伝えようとする時、あることを伝えた後に「あ、あれも伝えなきゃ」「でも、実はこうも思ってるんだ」と際限なく自分の中から言葉があふれてきてしまいます。

1つの何かを伝えたかったはずなのに、自分の中で「ちょっとニュアンスが違うかったかも…」とか「そうは思ってるけど、でもこうも思ってる」と、言えば言うほど辻褄が合わなくなっている気がしてきて、延々と一方的にLINEを送ってしまったりして反省します。

最近SNSで、9年前の米津玄師さんのツイートが話題になっているのを見ました。
内容は割愛しますが、「本人がそういうつもりで言ったわけではないのは理解しているが、その言葉で傷つく人がいるかもしれない。だから、自分はその人のためにも発信しないといけない」といった内容でした。

そして、今たまたま植本一子さんの【ある日突然、目が覚めてを読んでいます。
この本(ZINEかな?)は、植本さんがワークショップで書いた日記を1冊にまとめたものです。

その中で、植本さんがパートナーさんに、“文章や番組で自分のことを不特定多数が見た時に、自分の意図しない方向に解釈されることが耐えられない”と言われたということが書かれていました。

とても、とてもよくわかります。

何かを伝えようと思った時に、同時に何かを捨てないといけない。
それは右に曲がる時に、左に曲がるニューロンを抑制することと同じなのだろう。

 

私は定期的に哲学対話の会を開催していますが、参加者として発言する時に、言葉をたくさんたくさん選んでいます。
みんなの意見を聞いて、話すことを取捨選択して決めています。
それは普段の会話もそうです。

すべてを相手に伝えることはできないし、自分のすべてを知ってもらうことは不可能です。
伝えても伝えても隙間から何かがこぼれ落ちていくように、「あ、でも違うんだよ」「そうじゃないんだよ」と言葉がとめどなく私の中からあふれてくる。
伝えても伝えても、正確に伝わらないことに、絶望する。

 

私は現在臨床催眠講座ベーシックを受講しています。
毎週、宿題が出されるのですが、ちょうど昨日の練習の時に思い出したことがあります。

うちの家には観葉植物がたくさんあります。
植物って、ある程度成長したら枯れますよね。
でも、私は植物が枯れることが許せなかったんです。

「私がちゃんと世話をしていないから枯れるんだ!」と自分を責めて落ち込んでいました。

うちにはクワズイモがいるんですが、クワズイモは種から芽を出したばかりの頃は、幹(芋の部分)はありません。
葉が何度も何度も枯れて、枯れた葉が太い幹になっていきます。

植物も新陳代謝しています。

でも、私は自己憐憫の世界に浸って「この世界で起こっている不幸はすべて私の努力不足なんだ!!」と不幸を背負う神になっていたんですよね。

 

永井玲衣さんは、哲学対話をするたびに「ガーン!」とショックを受けていた。
「この人は、今までその気持ちを誰にも知ってもらうことがなかったんだ…」と、それまでのその人の苦しみにリスペクトされているのか、対話で誰かの話を聞くたびに自分の中の常識がガラガラと崩れていく。
そして、今まで自分が「安全だ」と思い込んでいた場所が、途端にぐらぐら揺らいでしまって「本当に私はこれで大丈夫なのか?」と世界が崩れていく。

私が、相手にすべてを伝えられないように、私の目の前にいる人も私にすべても伝えられていないんだ、ということに気づかねばならない。
私が話す言葉も「・」(ドット)で、相手から聞く言葉も「・」であるということ。

今でこそこうやってブログに書くことに慣れてきましたが、最初は何か書きたいと思っていても全く筆が進みませんでした。
それは「これを伝えたら、誰かに違うように解釈されるかもしれない」ということが怖かったから。
すべてを矛盾なく余すことなく伝えようとすると、膨大な量になってしまう。
誰もそんなことを求めてないし、私も疲れてしまう。

 

この世界は混沌なのか、美しい規則性で成り立っているのか。

【チ。】読みましたか?

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天動説だと複雑な軌道を描く惑星たちだったのだけれど、地動説で考えた時に美しい楕円の軌道を描くことに気づいた。

それって、意識と無意識の関係と同じような気がしている。
意識で考えると、相手の気もちを複雑に推測してしまって事態をややこしくしてしまうことになったりする。
だけど、無意識に委ねた時に、美しい奇跡を見ることができる。

 

だから、私が「あなたに伝えられなかった」と思って絶望することも、
「私のすべてをわかってもらえない」と自己憐憫の世界に浸ることも、
「・」でしかない。

「間違えてメッセージを受け取られたくない」と文章を書くことを恐れていたけれど、それを手放してみた時に、何が起こるのか?

ちゃんと伝わらなくても大丈夫。
誤解されても大丈夫。
大嶋先生のあの本を読んでいた時の言葉が、私の脳裏に浮かび上がります。

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