アウシュビッツ強制収容所と壁一枚を隔てたお屋敷で、強制収容所の所長と妻、その子供たちが暮らしている様子を主に描かれている。
以下、ネタバレがあるので、まだ観てない方は要注意!
戦争と私
ホロコーストや戦争についての話は、小学生の頃にとくに興味を持っていて、たくさんの体験記を読んでいました。
でも、興味を持っていたのって、小学校1年生の夏休みに観た戦争の映画が、ものすごくショッキングだったから。
それから数年間は、夜に飛行機の音が聞こえてくると「爆弾を落とされませんように…」と布団の中に潜って、震えながら飛行機の音が通り過ぎていくの待っていた。
そんな私は、大人になってから戦争からは離れてしまって、心理の道へ進んだ。
けれど、現在トラウマに関することを学んでいくうちに、再び戦争にぶち当たっている。
戦争神経症、敗戦のトラウマ…。
つい最近は、のこのこCafeさんと慶河堂さんの『夕暮れ読書部』で、サリンジャーの【ナイン・ストーリーズ】を読んだ。
前情報なしで読んだらとても難しくて、全然物語に入り込めなかった…。
でも、夕暮れ読書部でサリンジャーが戦争トラウマを抱えていることを知り、より興味を持った。
そして、永井玲衣さんと八木咲さんの【せんそうって】が発売された。
発売されていることは知っていたけれど、「戦争の話よりももっと身近なものをまずは学ばないと…」と思っていた自分がいた。
けれど、書店でたまたまこの本を見つけてパラパラと中を見た時に、知らねばならないと思った。
買って、すぐに読んだ。
ずっと求めていたものはここにあるのかもしれないと気づいた。
目を背け続けてきたけれど、向き合わなければいけないと思った。
そんなこんなで、ずっと観ようと思っていた【関心領域】を観た。
塀の外と内
映画館で観たら、もしかしたら違う印象になったかもしれない。
私は家でiPhoneで観ていたからなのか、「なんか聞こえるな」と思っていた。
これは画面の中の音?
この騒々しい金属音や人の声、銃声のような音は、気のせいではなくて?
と思いながら、ずっと観ていた。
なぜなら、画面の中に映し出される映像は、自然豊かな川や四季折々の花が咲く庭、通学前のバタバタした朝の風景だから。
この画面の中から悲鳴のような音が聞こえてくるの?
それがこの人たちには聞こえてないの?
気にならないの?
と終始疑問に思いながら進んでいく美しい風景。
しかし、美しい庭の向こうにはもくもくと煙が上がる煙突が見えているし、夜になると窓の外は赤く燃えている。
私なら、こんな中にいると気が狂って眠れないかもしれない…とも思ったけれど…、でも、わからない。
私もそこにいると感覚が麻痺していくかもしれない。
戦争って、人の命や大切なものを奪っていくけれど、人間として忘れてはいけないことまで奪っていくのかもしれない。
子供が、ベッドの中で”金歯”をライトで照らしながらうれしそうに眺めていた。
囚人から奪ったであろうものを、嬉々として自分のものにしている。
大げさでなく、日常のふとした断片として描かれていたのがこわい。
あれ?「それはおかしい」と思う私の方がおかしいのかな?と思うぐらい、自然と描かれていた。
終始、私の中では「どういう気持ちでこの家族を見ていたらいいのだろう?」という疑問があった。
何にも起こらないんです。
穏かな風景の背後にひたすら何かが聞こえていて、でも聞こえているのはまるで映画を観ている私だけのよう。
唯一、登場人物の中では妻の母だけがその異様さから家を去った。
リンゴの少女
夜な夜な労働現場にリンゴや食べ物を埋めに行く少女が出てくるのですが、実在する人物がモデルだそうです。
その少女は、夜の闇の中にいるからか、または看守たちに見つからないようになのか、モノクロで描かれていた。
昼間の、豊かな自然や美しい庭での一家の対比のように、その少女は描かれる。
見つかってしまわないか、見ている私がハラハラする。
もし私だったら、この時代に少女のような立場で生きていたとして、少女と同じように勇敢な行動ができるだろうか?
もしかしたら、私はあの一家の夫人と同じようになってしまうのではないだろうか…。
すぐそこで「人間の死」を感じていても、慣れてしまうのか、自分の裕福さや安心・安定のために見て見ぬふりができるようになってしまうのか…。
恐らく自分の死を覚悟してまでも、リンゴの少女はリンゴを埋めに行っていたのだろう。
土壇場になって人は本性を表すと言うものだけれど、私は自分の死を目前にした時にリンゴの少女のようにはなれないかもしれないと思ってしまった。
あの夫人に欲深さのようなものを見て「なぜ胸を痛めないんだろう…?」と不思議な気持ちで眺めていた反面、嫌悪感まで持てなかったのは「もしかしたら自分も夫人のような立場だと屍の上に立ってしまうかもしれない」と深淵を覗いてしまったような気分になって、ぞっとした。
戦争は人の感覚を狂わす。
痛みを忘れてはいけない。
窓の外が燃えるあの赤い炎が当たり前になってはいけない。
戦争でなくても、痛みを忘れるのがすごくこわいと思ってしまう。
人間はすぐに環境に慣れてしまって「当たり前」だと思ってしまいがちだけれど、あのリンゴの少女のような気持ちを忘れないためにはどうすればいいのだろう?
忘れること、慣れることで良いことはたくさんある。
けれど、忘れて慣れてしまって、人の不幸の上に成り立つ裕福にはなりたくないなと思う。
でもそれは、私が画面越しにこの状況を見ているからそんな綺麗事を言えるだけなのなのかもしれない。
極限状態に陥った時こそ、「どう生きたいか?」。
そんなフランクル博士の言葉が思い出される。
まとめ
基本的に私は映画や本は前情報なく観て、自分の中の純粋な気づきだけをまとめます。
なので、考察でもなく、詳しい映画の解説でもないこのブログですが、ぜひ他の方の『関心領域』の考察などを読んでみてください。
情報がある方が、より作品に深みを感じられるので、今度からはしっかり調べてから観るか(でも、そうすると永遠に観ないんだよなあ…)。
登場人物も音響もとてもこだわって作られた作品です。
ググってみると、詳しい方がたくさん記事を書かれています。
この作品があっさりとしていながらいかにすごいのかが分かります。
最初から最後まで大して何も起こらないのに、背後でずっと鳴っている不協和音のような不穏な音が耳にこびりつく、嫌な不気味さが、戦争から目を背けていた自分にずっしりとのしかかってくるようなそんな重さを感じました。


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