※この記事はネタバレを含みます※
『新感染 ファイナル・エクスプレス』を観ました。
今、ゾンビ作品を観まくっています。
もともと「最近ちょっとホラー観たいなあ~」と思っていた時に、谷川嘉浩さんの『スマホ時代の哲学』を読み始めまして。
「ゾンビ映画のモブキャラのような人生を送りたくない!」と思って、まず一発目に観たのが『新感染』だったんです。
私はホラーが好きな超怖がりです。
ホラー映画を観た日から一か月は、窓の外や扉の向こうにあらぬものが見えないか…恐怖で眠れない日々を過ごすタイプです。
そんな私がホラーを観て大丈夫か!?と思っていたのですが…
結果、全然大丈夫でした!!
むしろ、号泣でした…。
ゾンビ映画は『アイ・アム・ア・ヒーロー』以来でした。
あれから10年以上経って観たゾンビは、「ホラーというか、アクション映画やん!」と感じるような新しい自分も密かに発見できました(笑)
そもそも『新感染』を観ようと思った理由が、ネット記事のどれを見てもおすすめされていたからなのですが、ゾンビ映画やしなあ…と思って油断していました。
いきなり当たりゾンビ映画を観てしまったかもしれない。
(『新感染』の見どころは、アクロバティックなゾンビ、大量に押し寄せてくるゾンビが爽快、そして「新幹線の中」という特殊な閉鎖空間パニックです)
人は死ぬことを考えると生きる気力が湧いてくるなんて言いますが、最近は穏やかな映画ばかり観ていたので、それもあってかとても心に響きました。
もし今、生き方が分からなくなっているなら、ゾンビ映画を観るのがおすすめかもしれない。
直近の大嶋先生のブログでは、「何のためでもなく生きてみる」といったことが書かれていたので、ゾンビ映画を観て「私はこう生きたい!」と思っても、それはもしかしたら自分以外の誰かの生きる目的かもしれませんが(笑)
私がもしゾンビの世界に放り込まれたら、誰かを蹴落としてまで生き延びてたくないな、と思った。
実際、それはできないかもしれない。
その場にいたら、誰かを犠牲にして助かろうと卑怯に醜くもがくかもしれない。
だから、あくまでもゾンビがいない安全な今の世界で考える私の理想の生き方になるのですが…
「自分だけ生き延びるのではなく、たとえ自分が犠牲になったとしても誰かを助けたい」と思ったんです。
これは「美しい自己犠牲」に心を打たれた支配者からの支配かもしれない(笑)
でも、愛する人を全力で守りたいなと思う。
主人公は最初、超イヤなやつでした。
仕事では小狡い仕事をし、奥さんには出て行かれ、子供にも「なんでお父さんはそうなの?」みたいな目で蔑まれている。
自分の利益しか考えてないやつだったんですよね。
だけど、ゾンビに追われて絶体絶命のピンチの時に、助けられます。
自分がイヤな態度を取って排除しようとしてた人たちに、助けられるんです。
イヤなやつ全開だった主人公はその経験から改心し、今度は力を合わせて自分以外の人たちを救う側になります。
私も、自分で「私ってすっごい嫌なやつだな~」と思う時がよくあります。
だけど、それって人に助けてこられた経験が少ないからかもしれません。
(その他の理由もあると思いますが)
自分で自分の身を守らないとやられる!と思っているから、周囲の人がみんな敵に見える。
ゾンビも敵、人間も敵。
信じられる人は誰もいない。
信じる人を間違えれば死ぬ世界だけれど、「こいつイヤなやつだな」と思われて誰も助けてくれないと困るのは、ゾンビの世界も我々の平和な世界も同じかもしれない。
わざわざ自分で自分の首を絞めるような態度を取るより、人に優しく親切にいることで、まわりまわって自分のことを助けてくれる人と出会えるかもしれない。
(こういう言い方をすると、助けてもらうためにあえて親切にするという手段を使っているように聞こえるかもしれないけれど…)
自分の命が危険な時に、誰かの命を守れる余裕が果たしてあるのか、今の自分には分からないけれど。
そんな生き方をしたいな、と思ったんです。
引き続き、常時接続世界で自分の孤独と向き合うため、ゾンビ映画を観続けようと思います。
(厳密にいうと、多分そういう本ではないですが…『スマホ時代の哲学』おすすめです)


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