学生時代からノート大好きなんです。
家に書きかけのノートがあふれ返っているので、なるべく買わないようにしてたのですが、『傷ついた経験から学んだリスト』をつけようと思って久しぶりにノートを買ったんです。
家に帰ってからワクワクして鞄の中を見たら…ノートがない!
私は頻繁にレジでサイフを忘れたり、駅に鞄ごと忘れたりするようなタイプなので「またやっちまった!」と思いました。
こういう時はいつも一刻も早く店に取りに戻らないと気になって居ても立ってもいられなくなる。
…のですが、なんと長年の催眠の効果なのか「ま、夜になって散歩行く時に行くか~」とのんびりしていたのです。
あれ?全然緊張しないやん!と思ってしばらくいると、「そういえば、レジには通してもらったのかな?」となんとなく思ったんです。
それでレシートを見たら、店員さんがそもそもノートをスキャンし忘れてた(笑)
「お~!もしかして、無意識さんはこのことを知ってたから、私はいつもみたいに焦ってなかったのか?」と思ったり。
お金を払ってないなら、焦ってもう一度お店に行く必要はないし、なんなら無意識さんに「ノートはもう買わんでええ!」と言われてるのかもしれません(笑)
ちなみにノートはたくさん使い分けてますが、だいたい無印良品です。
「家計簿」「ABC記録」「ネガポジ日記」「絶望ノート」と、普段メインで使ってるスケッチブックがあります。
ABC記録は認知行動療法で使われるのですが、気分が乱れた時の日時とその時の感情と行動を記録しています。
それを一週間に一回見直して、認知の歪みを確認しています。
ネガポジ日記は、パレオな男ブログの『オックスフォード大学流「性格を変える」3つの方法 |「脳科学は人格を変えられるか?」』の三行日記のアレンジバージョンを毎日寝る前に書いています。
自分を変えたかったので始めた習慣です。

絶望ノートは傷つけられリストと一緒のようなもので、絶望したことから何を学んだかを書いていくのだけれど、まず絶望を認めるのがすごく時間が掛かるのでなかなか書けない(詳しくはDラボで)
そして、スケッチブックには大嶋先生やその他書籍などから得たワークや気づき、好きな一文などをひたすら書いています。
こんな感じで、ワークをやるのが生き甲斐のような自分の生活なのですが、1日のルーティンの1つに瞑想があります。
私、実はめちゃくちゃ瞑想が苦手です。
じっと黙って座っていると、嫌なことをどんどん思い出してしまって息苦しくなるから…。
だから、歩行瞑想だったりも試してみたんだけど、一番お気に入りなのは慈悲の瞑想。
これはメンタリストDaiGoさんのDラボで知ったんだけど、すごい効果なんですよ!
私は面倒くさがりなので簡単なバージョンで、しかも他人ではなく自分への思いやりを育てるやつしかやってません!
(本来は他人への感謝をするともっと効果的なんだろうけど)
こちらもパレオな男ブログで詳しく紹介されています!

何度も言いますが面倒くさがりなので、最短の10分しかやりません。
「私が幸せでありますように、私の悩み(苦しみ)がなくなりますように、私の願いが叶いますように、私が穏やかに過ごせますように」と頭の中で唱えるだけ。
私は催眠も学んでいるので、呼吸に合わせて吐く息の時に唱えます。
そして、呼吸合わせのように前後に揺れます。
そしたら、たぶん催眠入ってるんじゃないかなあって思ってます(笑)
これをはじめてやった時、号泣しました。
最初は呪文を思い出しながら、「集中しなきゃ」と一生懸命に無になろうと唱えていたのですが、5分ほど経った頃に急に涙が込み上げてきたんです。
それから思い出したのが、大嶋先生のどの本だったか忘れたけれど「自分を大切にするとは、他人にかける言葉と同じように自分に声かけする」ということ。
私は、人には傷つけるようなことを言ってはいけないと細心の注意を払っているのに、自分には罵詈雑言暴言を吐きまくっています。
それもとてもナチュラルに。
「なんでこんな簡単なこともできないんだ」
「どうしていつも間違えるんだ」
「なぜ他の人ができていて、お前はできないんだ」
などなど。
人には絶対言わないことを、平気で自分に吐きまくっているんです。
それを慈悲の瞑想をしている時に思い出しました。
涙が止まらなかったのは、それに気づいたから。
私は、自分が幸せになってはいけないし、なれないと思っている。
それも自然と。当然のごとく。
私は悩みが尽きない人生で、苦しいのが人生だと思っているし、
願いはことごとく叶うわけないし、
いつも人に傷つけられてばかりで穏かになんて過ごせないと思っている。
(なんて被害妄想!)
慈悲の瞑想をして呪文を繰り返し唱えている時に、自分はまったく自分の幸せを望んでいないことに気づいた。
え!私って、これだけ幸せになりたいと思っていろんなメソッドやワークを試してきたのに、ちっとも幸せになる気がなかったんじゃん!と驚いた。
【あなたを疲れさせるあの人を「どうでもいいや」と思えるようになる本】には、“他人を大切にするように自分を大切にする”と書かれています。
一番優しい言葉をかけてもらいたかったのは、実は自分だったということが、自分に優しい言葉をかけてみて初めてわかります。(p219)
そう、私こそが誰かに優しくしてもらいたかったんです。
それなのに自分のことをなおざりにして、他人にばかり注目して、傷ついて疲れて人間関係をリセットして…を幾度となく繰り返してきました。
そのたびに「もっと人間関係を大切にしないと!」と思って、次こそはと頑張ってきたのですが、本当に大切にすべきは自分自身だったんですよね。
そんなことを、慈悲の瞑想をしながら思い出します。
誰かの幸せを願う前に、自分の幸せを願わないといけないのは、こういうことなんだと。
みんなの幸せは私の幸せ。
私の幸せは、みんなの幸せ。



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