無意識さんの本で一番好きなエピソードは、『帰属エラー』の話です。
臨床心理の教授が2時間、教壇に黙ったまま立っていた話。
何も言わない教授に生徒が質問しても、教授は無視!
ある生徒は校長室へ教授を訴えに行く。
大嶋先生は何も言わずに突っ立っている教授を見て、「前回の授業で教授を怒らせてしまったかも?」と不安を感じていたが、教授からのリアクションが何もないことでやがて不安が怒りに変わってきたと書いてらっしゃった。
とてもわかります。
たとえば、今の時代ならLINE。
1日経っても未読だったり、質問を既読スルーされた時に同じことを思います。
「私が余計なことを言ったから、相手の気分を害してしまったのかな…」と不安になります。
しかし、さらに時間が経つにつれ、不安はどんどん怒りへと変化していきます。
「いくら私が悪かったとはいえ、人としてその態度はないんじゃないの!」
「あんたがそうだから、私もこうなっちゃうのよ!」と。
『帰属エラー』とは、いわゆる「成功したら私のおかげ、失敗したらお前のせい!」というあれです。
人間は、他人のことは主観で「お前はこういう性格だから!」と決めつけるんだけど、自分のこととなると外部の環境のせいでこうなったんだと言い訳しがちです。
教授の気持ちをあれこれ推察していると、あっという間に2時間が過ぎてしまった授業。
私の日常生活でもしばしば起こります。
「あれ!気づいたらもうこんな時間!」と焦る。
読書をしようと思って本を開いた途端に、白昼夢に入る。
「あの時のあの人の気持ち」を知らず知らず考えてしまっていて、怒ったり不安になったりしてちっとも文字が頭に入ってこない。
LINEも返信がなかなかないと不安になってきて、追いLINEをして謝ろうか、送ったLINEを消した方がいいのかと思い始めて「ああ~!なんでLINEなんかしちゃったんだろう!」と勝手に自分を責めてしまいます。
そして、相手からの返信がくると「なあんだ!」と思って安心して、さっきまでの居ても立ってもいられない焦燥感や怒りがたちまち消えていく。
勝手に相手の気持ちを推察することで、いかに自分の時間を相手に捧げてしまっているのか。
だけど、人の気持ちを考えずに行動して「なんであんたはいっつもこうなの!」と怒られてきた我々にとっては、「相手の気持ちを考えるのをやめる」というのがなかなか怖くてできない。
しかし、相手の気持ちをいくら考えたところで答は出ない。
相手に「どう思ってるの?」と実際聞けたところで、本当にそう思っているのかどうかも確かめようがない。
私はこの本を読むまで、相手が不機嫌だと「私が何かしたからかも!」と焦って、相手のご機嫌取りを頑張っていました。
私に原因があるのだと信じて疑わなかった。
だから、無意識さんの本を読んで実践したのは、「相手が不機嫌なのは、自分のせいではない!」と思いだすこと。
自分の外に原因があるのかもしれないとまず考えること。
これが自分にとってはすごい大きな気づきを与えてくれました。
明らかに私に敵意をむき出しの人が目の前にいる。
でも、「人の気持ちはわからない!」と思って、不機嫌なのは私と会う前に何かあったんだと「自分」を相手の不機嫌の原因から外してみる。
私は相手の気持ちが「わからない」から、相手にたずねてみる。
「何かあったの?」
「疲れてるの?」
「彼氏とケンカしたの?」
すると、驚くことにみんな「なんでわかったんですか!」と言うんです。
私もビックリです。
え!本当に私が不機嫌の原因じゃなかったんだ!
人って、自分が思っているより態度に感情がにじみ出ているんですよね。
本人は自覚ないけれど、かなり感じ悪かったりする(笑)
それを「私の何かが至らないから…」と思い込んで相手のものを背負ってしまうと、巻き込まれる。
「かわいそう」だと思って手を差し伸べると巻き込まれるのと同じ原理なんだろう。
とにかく、あれから私は背負わなくなった。
そうしたら、どんどん今まで見えなかった相手の景色が見えてきた。
それまでは「私のせい」とばかり思い込んでいたから、そこしか見えなくて、本当の意味で目の前にいる人のことを何も理解していなかった。
だけど、「わからない」と自分の中で設定し直して相手に「どうして?」と聞いた時に、私から見えなかった世界が見えてくる。
これは、軸を真ん中に戻す作業に似ています。
つい、相手の不機嫌を背負ってしまいたくなるけれど「わからない」とするのは、つまり「私以外に原因がるのかもしれない」とリフレーミングしてみること。
そう思うことで自分を責めることもなくなるし、自分を責めるついでにムダに相手に対して怒り狂うことも少なくなるはずです。



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