内藤了さんの【ON 猟奇犯罪捜査班・藤堂比奈子】を読んで感動したので、レビューを書きました。
ネタバレ感想となりますので、最後まで読んでいない方はご注意ください。
心理カウンセラーや催眠、脳科学の話が出てくるので、心理学好きで刑事もの小説が好きな方にはオススメだと思っています。
ホラーというよりはミステリーな印象が強いので読んでて怖くはないのですが、表紙が不気味なことと“猟奇犯罪捜査班”なので胸糞だったりグロい描写が出てきますので、苦手な方は無理して読まないでください。
どんな本?
角川ホラー文庫から発売されている内藤了さんの藤堂比奈子シリーズの1作目です。
内藤了さんは本作で第21回日本ホラー小説大賞読者賞を受賞されています。
2016年には波瑠さん主演でドラマ化していました。
美しい映像と菅野祐悟さんの透明感のあるドラマチックな音楽で素晴らしかったのですが、内容が猟奇的だったからなのかあれ以来再放送がされていません。
ホラー要素はあまり感じなかったので、幽霊苦手な方でも読めるんじゃないかと思います。
どちらかというとミステリー要素強めな印象です。
あと、若干肉体的に痛い描写があります。
巻末の参考文献にいくつかの心理学書が挙げられていたので、心理学がお好きなのか心理学をすごく勉強されているのだと思われます。
他の著書に「夢探偵フロイト」もありますし、心理学的に説得力のある物語でなお好みです。
読もうと思ったきっかけ
2016年にリアルタイムでドラマを観ていて、ものすごくハマりました。
ドラマが最終回を迎えると同時に本屋に行ったのですが、そのまま読まずに8年間寝かしていました(笑)
不謹慎な言い方になりますが、ドラマでは猟奇的な殺人を幻想的で美しい映像で撮られていて、芸術的な魅力を感じました。
8年も前のドラマなので「グロくて美しくて面白かった!」という感想しか頭に残っていなかったのですが、今回小説を改めて読んで、催眠や心理学、脳科学の話が出てきていたので、そりゃあ自分の好みのストーリーだわ!と認識しました。
ちなみにドラマでは波瑠さん演じる主人公は、いつも七味唐辛子を持ち歩いてて、どんな飲みのや食べ物にも容赦なく七味を大量に振りかけて食していたのも魅力的だったのですが、原作もそのまんまでした。
ただ、ドラマでは人の感情が理解できないサイコパスちっくに主人公が描かれていましたが、原作の小説では感情豊かで思いやりがある正義感の強い女性です。
ONの魅力3選
個人的に「ここが面白かった!」というポイントを5つ紹介させていただきます。
①藤堂比奈子はコンピューター並の超人
常に母親からもらった八幡屋磯五郎の七味缶を持ち歩いている新人刑事の藤堂比奈子。
本作の主人公です。
食べ物には何でも七味を振りかけ、ココアにも七味を振りかけ、精神的に不安な時にはポケットに入れている七味缶をぎゅっと握り締めて勇気を奮い立たせます。
七味エピソードだけでもかなり個性的ですが、比奈子は並外れた記憶力を持っているところも魅力であり、物語の肝心な要素の1つです。
未解決事件の分厚いファイルを丸暗記しているので、事件が起こった正確な年月日はもちろん、場所の詳細な記憶、特徴をそっくりそのまま読み上げることができます。
聞き込みに行った際は、手帳に描いたイラストを見ることで、相手の言葉を一言一句違わずに再現することができます。
ゆえに、上司からは「お前はコンピューターか」みたいに言われています。
事件の手がかりになりそうな個人名や現場のアイテムが出た時は、比奈子の脳内検索に引っ掛からないかと刑事仲間は大変頼りにしている特殊能力です。
そして、思いやりがあって優しい。
聞き込みの際も、「それ聞かないとダメでしょ!」と読者である私がハラハラしていても、比奈子の相手の気持ちを尊重できる優しさに心を開いて、口を閉ざしていた人が語ってくれたりもします。
共感的で、芯を持った精神的に強い女性です。
②不可解な事件の数々
一見、他殺のような事件は、「実は自分で自分を傷つけいてるのでは?」ということが捜査を進めていく内に明らかになっていきます。
けれど、人間には痛覚があるので、死に至るほどの痛みに耐えて、冷静に自分の体を傷つけて自分の命を奪うような行為はできないと監察医の死神女史は言います。
さらに奇妙なことに、不可解な事件の被害者はみんな、過去に自分が犯した犯罪の手口と同じやり方で自分を傷つけて死に至っているのです。
不可解な死に方をした被害者が録画された映像を見ると、見えない何かに追われて怯えながら、何かに操られているように自分で自分を傷つける手を止めることなく自分自身を破壊していきます。
それが意識がなくなっていようが、お構いなしに。
傍から見ると、自分で自分の頭を殴っているのに「痛い!やめて!助けて!」と叫んでいるおかしな被害者。
そして、第三者がその行動を止めようとしてもものすごい怪力で、被害者が自分を傷つけることを止めることはできないのです。
それだけでも十分におかしな現象が起こっているのに、それぞれの被害者には、噛まれていないのに噛み後が浮き出てきたり、踏まれていないのに足で踏みつけられたような痣が体に浮かんできます。
死神女史がいろいろと調べたとこと、偏桃体に腫瘍を見つけます。
確かに脳内に腫瘍ができることで、人格が変わったようになったりします。
しかし、それだけでは自傷行為のように自分自身を傷つけて命を奪うことまでできません。
人に備わっている生存本能、自己防衛反応をどう突破したのか?が問題になります。
催眠を使ったとしても、自分の命を危険にさらすような行為は催眠が効きません。
そんな時に、比奈子はそれぞれの被害者が亡くなった場所と、その被害者が生前に犯した犯罪の犯行現場との共通点を見つけます。
里芋、コーラの瓶、裸電球…。
ある共通のアイテムをきっかけに、犯罪行為を行った時の快楽がスイッチとなったとしたら?
それが、自分を傷つけた時に痛みを「快楽」だと感じているとしたら?
犯罪を行っている時のエクスタシーは痛みを超える快感として脳内のスイッチを入れて、自分で自分を傷つけるという強い衝動に駆られてしまう。
ちなみに、奇妙な事件の被害者たちは、催眠状態になり過去に自分が犯した犯罪の被害者たちの幻影を見ているので、それが幽霊のようなのでホラーなのかもしれません。
③中島先生が素敵
ドラマでは林遣都さんが演じていましたが、小説での中島先生もかなり魅力的でした。
ドラえもんののび太くんのようにそそっかしくてドジだけど、とても涙もろくて人に一生懸命な中島先生。
みんな、親しみの気持ちを込めて「野比先生」と呼んでいます。
小説の中での野比先生は、初登場の時に階段から転げ落ちて涙目で、上着のボタンが取れていつので安全ピンで留めているというダサダサで弱い男という感じだったので、比奈子がどうして惹かれるのかそこにだけやや抵抗を感じていました。
しかし物語が進むにつれて、比奈子の視点で野比先生を見ていると、「いつも傍に野比先生のように優しく微笑みかけてくれるあたたかい心を持ったパートナーがいればなあ」と私も野比先生に恋をしていきました。
カウンセラーという職業柄、そして「潜入」といってクライエントの深層心理に入り込む仕事をしているから――いや、人よりもずば抜けて共感力が高いゆえに、諸刃の剣のように相手に自分自身を重ねて見てしまうがゆえの中島先生の良さを活かせる天職なのかもしれません。
でも、だからこそ、中島先生と比奈子にはハッピーエンドであってほしかった。
ドラマではレクター博士のような立ち位置になってしまった中島先生が、原作では実は早坂先生が真犯人か他の大友翔が操られていたのかであって欲しかったのだけれど…。
心優しいからこそ、歪んでしまった彼の人生になんともやり切れない感情です。
中島先生自身も、「もっと早くに藤堂さんに会いたかった」と言っていましたが、彼は比奈子ほど強くなく優しかったので、人の憎悪に飲まれてしまった。
彼の気持ちが分かるからこそ、誰か先生を止めて欲しかった。
比奈子は、どれだけ非人道的な事件を起こそうが、犯人が因果応報で同じ目に遭えば良い!と思うのは間違っていると言います。
私は中島先生や壬生看守と同じ気持ちなので、比奈子の正しく真っ直ぐな意見に心の底から賛同はできないけれど、優しさは脆さでもあると思ったのです。
優しい人が優しくきれいなまま生きていくには、この世は生きにくいのかもしれない。
そう思うと、無性に悔しいです。
だた、藤堂比奈子シリーズはこの後も結構な冊数続きますし、中島先生のスピンオフ作品もあります。
1冊目で大いに心を揺さぶられたので、この後も継続して読んでいく予定です。
ONを読んだ変化や気づき
私も日々カウンセリングや占いの仕事をしていますが、この仕事を始めたばかりの頃は「なんとかみんなを元気にしたい!」と頑張っていました。
だけど、自分の力でなんとかできるって、おこがましいことなんですよね。
早坂先生や中島先生は、蛍光灯ベビー(ネグレクトのため蛍光灯を見て育った赤ちゃん)が大人になった時に感情や感覚が未発達の場合、直接脳をいじって愛された記憶を定着させちゃおうという実験を試みていました。
これは倫理的に問題があるということで頓挫して、退行催眠による経験の補足として中途半端に論文が締めくくられていたそうですが…。
中島先生は直接手を下したわけではないですが、私が同じ立場でもやはり大きな責任と命の重さを感じてこの身がどうなっても構わないと考えると思います。
正直、比奈子に「なんでそこで中島先生の味方にならないんだよ!引くなよ!」と思っていたのですが、人に感情移入しすぎて社会的な善悪の見境がなくなってしまうのが一番危険なのかもしれない。
それは自分のためだけではなく、この先自分のことを愛してくれて大切にしてくれる人のためでもあります。
また、我々は大嶋信頼先生の元で催眠療法は「暗示を解くもの」として学んでいて知っていますが、世間一般の催眠のイメージはいまだに「他人を操るあやしいもの」という印象が強いように感じています。
そして、この作品は催眠を悪用した際に起こる戒めかもしれませんし、大嶋メソッドの言うところの「呪いの暗示」を具現化すると宮原や鮫島のようになるのかもしれません。
愛されなかった子が両親から入れられた呪いの暗示を解くためには、支配関係の逆転現象からの大友翔のように強烈なエクスタシーと解放感が必要なのか?
いや、それほどまでに両親からの愛というのは、あたたかい愛情をもらえなかった子供にとっては十字架のように重く千切れない錆びた楔なのでしょう。
そして、中島先生のように「犯罪者には相応の制裁」と考えるその裏側にあるのは、自分が助けられたはずの人を救えなかった罪深き自分の姿が見えているのかもしれない。
誰も救えない役立たずな自分は罪人と同じなので、極端に誰かを救うことによってでしか自分の罪は浄化されないと考えてしまう。
すると、自分を削ってまで献身的に働いたり、自分のために生きられなくなる。
それもまた、1つのストーリーであるので、どちらが良いとか悪いではないだろう。
だけど、中島先生のように心が澄んでいてやわらかく笑う人に、自分を責めて罰するようなことをしてほしくなかった。
そんなことを考えるととても悲しくなる。
それから、自分は本当は中島先生のように誰かに接することで人の心をほぐせるようなあたたかい人になりたいなあと思ったし、彼のような人と一緒にいたいのかもしれないと思うのです。
まとめ
私は心理カウンセラーや催眠、脳科学の話が出てくるとテンションが上がるので、同じくミステリー好きで心理学要素好きの方にはおすすめできるかと思います。
上司のガンさんも良い味出してますし、鑑識課の三木さんのキャラも大好きです。
比奈子と中島先生は素敵なパートナーになれそうなのでぜひお付き合いしてほしいのですが、今後の展開がどうなるのか。
切なく悲しいけれど、絶望ばかりじゃない。
ちゃんと人生は前に進んで行くし、希望だってある。
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