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「分からない」ことを分からないままにしていた方が美しい。

ひとりごと
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「またヤカンのメタファーかよ!」と思ったのですが、とりあえず書いていきます。
どんな物語になるのかは私にも分からないので、さて、今日は一体どんな話に繋がっていくのか…。

「やかん」と聞くと思い出すのは、同居していた祖母のことです。
祖母は最終的にはリウマチになって認知症を発症して、認知症のステージ4になった頃に施設で過ごすことになりました。

私は現在一人暮し2回目なのですが、1回実家に帰った後にすでに認知症を発症していた祖母と暮らし、そして2年間の間でどんどん悪化していきました。

外では私や母親の悪口を大声で言いふらし、家の中では父親が1時間ごとに怒鳴り…夜も眠れない毎日だったので、辛くて仕事に支障が出るので実家を出た、という話は以前もどこかに書いたかもしれません。

それで、私の父親は糖尿病の家系なのですが、今のところ父方家系の兄弟姉妹は糖尿病の発症率100%なんです。
私は長女なので父親の遺伝子の特徴を受け継いでおり、「絶対、将来糖尿病になる…」と怯えているわけなんです。
(この話も以前どこかでしていたかもしれません)

そう、うちの家は父方母方ともにとても病気が多い家系で、母方の方は肺や心臓、目の病気です。

だからか、私も昔から病弱で、小学生の頃には耳鼻科、歯医者、内科、外科…など大体すべての病院の診察券を網羅していたと思います。

ちなみに整形外科では、肩が亜脱臼しやすいので、中学校のなってからは毎晩ボールを脇に挟むストレッチとか何かを頑張ってしていた記憶があります。

どこかで私は「病弱な自分」が誇らしかったんだと思います。
(ミュンヒハウゼンか!)

歯並びが全て悪いので歯列矯正に何万円も長年使ってもらって、耳鼻科ではずっと治らない中耳炎のために定期的に通っていて、てんかん発作があったのでこちらも近所の大病院に毎回激込みなのに母親と一緒に通い、1日の半日以上を病院の待合室で過ごしたりしていました。

だけど、母親は一向に優しくない、むしろ「冷たい」という印象だったのです。

昔はおしゃべりだったはずの私は、小学校1年生の時の担任からのいじめで寡黙になったのか、全くしゃべらなくなりました。
とても緊張感が高く、潔癖症。
だから、母親といても無言が多く、母親も甲状腺の何かの問題かパニック発作だったのか、終始不機嫌だったわけなのです。

だから、もしかしたら幼い私の中で「不機嫌で病弱でいることが、愛情の証」だと勘違いしていたのかもしれません。

うちの家で、誰かが病気になっても「大丈夫?」と声を掛けるような習慣はありませんでした。
ただ、面倒くさがられるような感じを自分では感じていて、だけど妹だけは甲斐甲斐しく世話してもらえる。

これが知能差の問題だとしたら、妹は母親の遺伝子が濃いので、母親の「愛」を愛情だとちゃんと受け止めることが出来ていたのかもしれない。

しかし、私はある時から父親と仲の良い自分を「気持ち悪い」と言われたと記憶していて、だから未だに父親と話すことが出来ない。
妹は、いつからか父の日に毎年プレゼントをしていたというのに…。

だけど、「それでいいんだ」と思う自分が半分と、「いや、親孝行をしなくてはいけないだろ」「父親が亡くなってから後悔する、絶対」と思う自分が半分います。

どれが正解かは分からないけれど、あえて正解or不正解を決めるとするならば、「不快な選択肢は選ばない」だと思います。

私は、何度か父親に歩み寄ろうとしました。
1回目の一人暮しの後に実家に帰ってきてからも、父親や同居している祖母に積極的にコミュニケーションを取っていきました。

でも、どうしてもどこか「違和感」があった。「自分は異物」だという感覚。
もしかしたら、あれが「知能の格差」で感じる疎外感だったのかもしれないと今なら思えるのです。

とある学校に成人してから通っていた時も、「一見自分と同じ人間」というふうに接していて会話もちゃんと通じているふうなのに、どこか馴染めない感覚というのがあった時があります。

あの時も心に聞くと「知能の格差」と言われて、「まさか!」と思っていました。
「自分が喋るとしーんとなる!」を意識して経験したのは、あの頃が初めてでした。

「どうして会話が弾まないんだろう?」「なぜ言われた通りやっているのに、ダメ出しされるのだろう?」むしろ「イジメか!」みたいな状態に陥る時、もしかしたらそこには「知能差」があるのかもしれません。

なので、環境に馴染めずに困っている方はぜひ自分の心に尋ねてみてください。
「心よ、私の潜在的知能指数はいくつ?」と。
パッと脳裏に浮かんできた数字が、あなたの潜在的知能指数です。

そして、続いて心に聞いてみてください。
「心よ、〇〇さんの潜在的知能指数はいくつ?」と。

知能指数は20違うと話が合わないと言われています。

「自分の何かがダメで会話が弾まない」とか「自分が原因で相手を怒らせた」という思い込みから解放された時に、あなたの中に芽生える「このままの自分で良いんだ」という感覚を大事にしていくと、「あ、一緒にいて楽しい!」を感じられてくるのかもしれません。

今日も、こんなことがありました。

とある人がとても不機嫌で、「自分は何か重大なミスでもしてしまったのだろうか…」と不安になっていました。

だけど、心当たりがないし、今までの経験や大嶋メソッドからいうと「いや、私のせいじゃないだろう」と思って成り行きを見守っていました。

いつもは優しいのに、どうにも意地悪というか…そんなことを感じていたけれど、努めて普段通りに振る舞っていたところ、「昨日から体の痛みがある」ということを教えてくださいました。

「ほらー、やっぱり!」と思うと同時に、知能差でなかったとしても、その日の体調や相手の環境によっても、お互いの関係性に変化が生じるわけなんです。

だから、本当に「分からない」。
相手のことも、相手の気持ちも、相手の状況も、そして自分自身のことですら「分からない」。

そして「分からない」の向こう側には無意識の無限の世界が広がっていて、私たちを意識の世界から枠組みの向こう側へと連れて行ってくれる。

本日のメタファー:湯気がもくもくと出ているやかん

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